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真理は彼の側にだけ存在する

錦を基準にし、己の正当性を推し量れば誤った認識と価値観が覆る。 無価値であったと言われ続けていた自分の真価は、彼に選ばれた事実に反映される。 錦に選ばれたから特別なのか、特別だから錦に選ばれたのか。 何方なのかは分からないが、――錦に選ばれた。 錦が選んでくれた。 これだけで充分だ。 自分は価値のある人間だと信じるにこれ以上の説得力はない。 この世の真理は彼の側にだけ存在する。 それが全てだ。 不思議な物で、自分に肯定的できただけでも常日頃感じていた苦痛と疲労が軽減する。 だからと言い家族やクラスメイトが変わるわけではない。 今までと変わらず自分を無視し、蔑ろにし、時には罵倒する。 しかし、もう平気だった。 彼等は錦とは違う。動物と同じだ。 自分と同じ人なのは錦だけで、周りに居るのは人に良く似た動物だ。 そう思えば動物である彼らに何を言われようと、もう傷付く事は無い。 正しく物事を見極めれば、毒に満ちた世界でも輝きは見える。 それは錦と出会った春の煌めきにも劣らない祝福だった。 騙され続けていた自分が、正しい世界観を身に付けたのだ。 これで、正しく幸せになれる。 そして――手に入れた正しさと引き換えに、心の奥で守り続けていた聖域を手放そうとしていた。

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