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第5話

蟠るざわつきに頭が熱く感じる。 冷やかな風が頬を撫でる。 いけない。風邪をひいてしまう。 車は完全に視界から消えている。 振り返り自宅を見上げると、窓からは明かりが零れていた。 冷えた空気と暗くなる空の下で、嫌な事ばかり起こる家でも灯された明かりを見ると安心する。 胸の内が温かくなる。 温かい、そうだ。 世間一般からすれば、秋庭家は温かな家庭の部類に入る。 親兄弟は皆仲が良い。自分を除いてだが――良好な親子関係にある。 留守にする事も多いが、専業主婦の母は基本的には自宅にいる。 父は遅くなるが必ず帰宅する。 社会人の兄は一人暮らしなので、基本的に家にはいないが週末には自宅に立ち寄る事が多い。 兄以外は皆学生だから自宅通いだ。 習いものや塾があるから夕食の時間は合わなくても、朝晩の何方かで必ず顔をあわせる。 家族勢ぞろい等滅多に無くても、家には必ず戻って来る。 此処が帰る場所だから当然なのだ。 だから、ただいまと言い家に入る。 お帰りと返し迎え入れる。 錦が帰宅したらお帰りと迎えてくれる相手はきっと使用人しかいない。 お帰りと錦自身が口にし迎え入れるのは、何時になるのだろうか。 朝だろうか、晩だろうか。 家に帰り一人で食事を終え、それでも眠る前には会えるのか。 錦の言う滅多に会えないと言うのはどの程度なのか分からない。 一二週間程度かも知れないし、一月の間でも片手で数えられる程度かもしれない。 無神経とも言える言葉の数々に錦は最後まで「ごく普通」の態度であった。 彼が先ほどの会話の中で多少不機嫌にでもなれば、救われた。

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