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誰にも知られてはならない
十二月に入り、茶事倶楽部で開催される夜会に赴いた。
兄が仕事関係で懇意にしているサロンのオーナーから招かれたものだ。
作法は気にしなくても良いと言われたが、茶会と聞いただけで正直億劫になる。
それでも錦も誘っていると聞けば出席以外の選択は無い。
慣れないスーツ姿で車を降りれば、冷えた空気に頬が突っ張る。
門扉を潜れば青々とした苔が年代を物語る塀瓦からは想像できない、比較的新しい和風建築が見えた。冬空の下に揺れる色彩の乏しい景色の所為だろうか、新築の筈が数奇屋造りの優美さよりも錆びれた雰囲気が漂う。
瑞々しさの欠片も無い木々が寒々しく風に揺れる。
木々が擦れ合う音に尚更肌寒さを感じ腕を擦るが、暖は取れる筈もなくぞわぞわと寒気は増すばかりだ。
季節柄日没は早いが夕闇に迫る時刻までは若干時間がある。
足元に設置された小さなライトの所為で中途半端に薄暗い屋外に、燈籠の火に灯されぼんやりと浮き立つ二つの人影が見えた。
「兄さん、錦さん。お待たせしました」
姉の声に露地に居た人影がこちらを振り向く。
和服を期待していたが、錦は何時もと同じスーツに今日はコートを羽織っている。
兄が手燭を少し上げるのを、傍らの円らな瞳が追う。
小さな火が揺れるのをじっと見る姿が、猫のようだ。
フワフワとした火に照らされた小柄な姿に笑顔を向けた。
早めに到着した二人は、席入り前に時間の余裕がある事から庭を見て回っていたのだ。
錦は軽く会釈しこちらに挨拶をした。
何時もなら帰宅している筈の錦が目の前にいると、なんだか不思議な気持ちになる。
兄は、此方を一瞥しただけですぐに視線を錦に戻す。
暗い空の下に立ち、淡い炎を見る瞳がキラキラと輝く。
石燈籠の火に淡く照らされ幻想的で震える程美しかった。
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