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第1話

「――それでオーナーはね、売却を惜しんで古民家をリフォームして商売をしようと考えたんだ」 「それが茶事サロンですか」 「そう。始めは民宿とか考えたみたい。でも、考えているうちに宿泊施設は面倒と思って、これを始めたんだ。上手くいくだろうと夢見ていたけど、これが全く流行らない。一年目で心折れて辞めようと思ってたのさ」 弾んだ声に楽しげな笑顔と言う兄に気味悪さを感じる。 兄が楽し気に男子小学生と話をしている姿は奇異の一言に尽きる。 少年相手に見せる優し気な笑顔が、何時も小馬鹿にした視線を向けて来る兄とは余りにもかけ離れていて落ち着かなくなる。 「苦労をされたんですね」 「それはそうだ。趣味の延長で無計画に始めてたからね」 「苦労は当然ですね」 「それはそうだろ」 緩やかに曲る露地を進む中、時折兄は錦の背に手を添える。 飛び石から足を踏み外さないか一応は気遣っているのだ。 冷たい風が吹き――錦と兄の会話に被せる様に――何処からともなくカラカラと音が聞こえる。 枯れた葉が空気に撫ぜられ、重力の無い音を響かせる。 落ちた葉は地に引っ掻かかりながら足元を通り過ぎた。 朽ちた音を風情と感じる感性は無く、ただ耳障りなだけだった。 水分が抜けて乾き丸まった葉を踏み潰す。 夏に見た蝉の死骸を思い出した。

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