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第4話
「改装は今年の三月でしたね。改造前の二月にも夫人が立ち寄られたとか」
「半年に一度程度来日してるから、その時に立ち寄ってるね」
「――貴方と懇意にされていて、さらに社長夫人まで来日の度に足を運ぶ茶事サロンとは――…個人と言うよりはリアントグレス社と懇意にされていると言っても差し支えないのでは」
和やかに話しながら、冷やかな空気が流れる。
「君は疑り深いね」
「貴方が在籍しているリアントグレス社は朝比奈グループのライバル企業ですよ。ここに私を誘った真意は」
「人気のサロンだから是非君にも楽しんでほしかったのさ。まぁ、時間が十八時以降からと言うのは君にとっては不都合だったかなとは思ったけどね」
錦は「無神経な」と呆れた様に言う。
「それを言うなら君の神経の太さも中々だ。本来なら茶会を断れたのに来た理由は」
「誘ったのはそちらでしょう」
「本当は来たくなかったろうに」
「貴方の誘いを無下には出来ない」
「そうだろうね。でも安心して良い。私に下心は無い」
「私にもありませんが」
「それはそうだ。君個人で私をどうにかできるはずはない。勘繰る程の警戒心を持っているのに、君では私をどうする事もできない」
兄は小さく笑う。
何処か嘲りを含んだ笑いだった。
錦が何か小さく呟き、兄が笑う。
まさか、悪態でも吐いたのだろうか。
「君は良いね」
「引き抜きならお断りします」
「頭の回転も速い」
「冗談はほどほどに」
「勘が良すぎるのは困るな」
「冗談と言う事にしておきます。腹が立つので貴方の言う事全て冗談にしてしまいたい」
「君は偶にくらっとするような事を言うな」
はっとして小さな背中を見つめる。
待ち合わせより早く来た二人は、いったいどんな会話をしていたのか。
彼等は矢張り前だけを見て、進む。
腰掛待合に辿り着きけば兄が今気が付いたかのように錦に向き直る。
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