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第8話

「上は向かないで、ここを抑えて」 錦の小さな手に手を重ね指を摘まむと、小さく息を止めたのが分かる。 小さくて細い指は子供のものだ。 幼いその指を捉えて、何をしているのか。 この状況で、自分は何をしているのか。 早く手を離さなくてはならない。しかし、離れがたいのだ。 どうしても、手離す事が出来なかった。 錦が拒まなかったからだ。許されたと都合よく考え現状に甘えた。 緊張で震えた指を錦は受け入れる。 白い手が、血で汚れる。 くらくらする。 錦は拒まない。 手の甲に血が赤く擦れて。浅く浮く骨の感触と肌理の細かい肌に血でべたつく指が這う。 錦の手が汚れる。その様を思い浮かべ、鼓動が激しくなる。 彼は、それでもじっとしていた。 「大丈夫だから」 錦が囁く。長い睫が水分を多く含む瞳に影を落とす。 首筋から頬にかけての肌の肌理に頭が沸騰しそうになる。 重ねた手に汗がにじむ。 酷く熱くて、こんな手に握り込まれた錦は嫌ではないのかと心配したが、一言「大丈夫だ。少し落ち着け」と今度は軽く背を叩かれる。 受け入れられた。 そう思うと、どうにかなりそうだった。 無垢な彼は、重ねたこの手を不安に駆られた行動だと思ったか、又は荒く繰り返す呼気を心配しての事だ。錦は、こちらが何を考えているのか知らないから、だから。 本当は違う。 全て下心でしかない。 離れようとした彼を留める為に、手を押さえたのだ。 こんな汚らしい手で触っても彼は拒まない。 汚されても、彼は手を振り払わない。 ただ、心配そうに此方を見る。 真摯な瞳は何一つ後ろ暗さを救い上げる事は無い。 ドクドクと全身が脈打つ様だ。鼻の付け根が熱い。 布に覆われ閉じ込められる生温い息と鉄臭さに吐き気を催しながらも、矢張り、もう駄目だと思った。

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