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第9話
どうにかなりそうだ。
その言葉を思い浮かべるのは一度や二度ではない。
きっと、どうにかなってる。
もうとっくに、どうにかなってる。
好きで、大好きで仕方がないのだ。
錦のように唯一優しくしてくれる相手を好きになるのは、ごく自然の成り行きなのだ。自分でもすでに認めていたのに。
容認だけは自分を含め誰からもされる筈はない。
許されざる感情なのだ。
彼に対して恋愛感情などと相応しくない。
そんな感情を向けてはいけない。
この思いは自分自身のもので、誰のものでもない。
容認できないしされない。許されないとはいえ罰せられるものではない。
思うだけなら許される筈でも、それでも、錦に対してだけは許されないのだ。自分の思いでありながらも、禁忌だと遠ざけたくなるのは相手が錦だからだ。
彼の孤独を知っても、彼が唯の子供であると分かっていてもその聖性はやはり本物であり失われるものではない。
神仏に唾を吐きかける人間はいない。
それと、同じだ。
秋に再会した時に香ったあの生臭さが鼻先を掠める。
週末に用意したティーセットと百合の花。
花の芳香に入り交じる、生臭い感情。
苦痛と共に感じた切なさに甘さはひとかけらも無かった。
確かに、恋愛感情だったそれは劣情が入り交じる事も無く淡く儚い物の筈だった。崇拝と混ぜ合わせた思いの筈だった。
そう信じていても、やはり、胸の奥に閉じ込めたそれは時間がたつにつれて醗酵し異臭を放つのは目に見えている。
錦を思う崇拝と憧憬は良い。
でも、これは駄目だ。
これだけは誰にも知られてはならない。
この生臭さを彼の前に晒すくらいなら、死んだほうがましだ。
自分自身でさえも、忘れてしまった方が良い類の思いなのだ。
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