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第1話

六月十七日土曜日。 朝比奈 錦は若干うんざりした気持ちで車窓を眺める。 つい先ほどまで病院で定期検査を受けていた。別に疲れるほどの事ではない。 移植後の検査は保護者同伴でなくてはならないため、代理で父の秘書である田川某が付き添ってくれた。 看護師に言われた通りに診療科に行き言われた通りに検査を受けるだけだ。 検査結果も当日分るわけでは無い。 心電図を何度か取り直したが、特に問題は無かった。 何が言いたいかと言えば、付き添いなど不要ではないか。 態々ご苦労なことだ。 父の部下に見送られる中、送迎の車に乗り込むまでは良かった。 しかし二十分と経たぬうちに、何だか疲労を感じた。 病院を出たときに聞こえた蝉の鳴き声にうんざりしたのだ。 まだ六月中旬なのに。何てことだろう。 初鳴きが早い事を運転手が早速話題にするが、錦は短く返事をしながら内心は忌ま忌ましささえ感じていた。 「沖縄では三月から蝉が鳴きますよ。地域によっては春先から鳴き始めるものもおります」 その位知っている。 ただ蝉の声を聞くと暑くなるんだなと思い、改めてうんざりするのだ。

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