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第13話

「何かあってからでは遅いのです」 何かとは何だと思いつつも話を続ける。 「刃物を使わないとゼリーを作るのに支障がでる」 「できるだけ刃物を持たない方向で考えてみましょう。何か方法があるはずです。そうだ、バターナイフはいかがですか」 「だから、用途が違う。いつか包丁を使わないといけない日が来るだろう。それが今か先かの話だ」 運転手が「はぁ」と気の抜けた声を出す。 「例えば義兄に料理を作る日が来たら、包丁は必須になる」 「錦様が……料理」 運転手は衝撃のあまり呆けている。気の抜けた返事と言い、人の話を聞いているのだろうか。 「とりあえず、ゼリーだ」 「桃以外は何が好みなのでしょうか」 「……色々ある。逆に嫌いな物が無いんだ」 購入した本のレシピはフルーツミックスのゼリーだった。 綺麗な見た目ではあったがもっとシンプルな方が良い。 毎年夏になれば、頂き物の桃があるからそれを使おうと安易に考えていたが、はたして菓子作りに適しているのだろうか。 贈答用と言うだけあり、そのまま食すのが最も望ましい筈だ。 味は良いのだから飾りに使うのはどうだと、そこまで考え楽しくなる。 「海輝の為だ。失敗を恐れて挑戦をせず安易な選択をするのは愚の骨頂。しかし海輝の為だからこそ、確実に成功したものを出したいとも思う。そう考えると、購入か練習のどちらかだ。俺は後者を選ぶ。そして何が良いか迷っていた」 海輝が戻るまでに時間があるので、練習すれば桃くらいは綺麗にカットできるはずだ。 運転手は声を立てて笑う。 面白い事を言ったつもりはないが、何がおかしいのだろうか。 馬鹿にした風では無い。運転手は相好を崩す。

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