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第16話
海輝のことを考えていたら頭痛を忘れていたが、思い出したかのようにこめかみと後頭部が痛み出す。
軽い目眩を覚え、やはり痛み止めを飲むべきかと錠前を外して冠をめくる。中に収まるクリアケースを開けば、一錠ずつ切り外した包装シートがピルケースの中で行儀良く並んでいる。案の定運転手の視線が強くなる。
「錦様、体調が優れないのであれば本日はもうお休みください」
脈打つ痛みに気を取られて薬を取りこぼしそうになる。
視線が合い散漫になっていた意識が一つにまとまる。
「平気だ。約束があるのでこのまま目的地までよろしく頼む」
空のシートを手の中で弄びながら口の中で崩れる錠剤の僅かなえぐみを飲み込む。
「……かしこまりました」
錦は口を閉ざし外を見る。
迂闊だった。
熱さで脳がふやけてるのだろう。
彼はあくまで運転手だから、錦に理由を聞くことはない。
しかし朝比奈家の運転手なのだ。
行き先は自宅から正反対の地域ブロックとなれば、不信感を抱かれる可能性が高い。
プライベートで出歩くのであれば徒歩で行ける程度の距離だ。
今のように三地区以上離れた場所へ出かけることが無い。
しかも、誰かに会う約束まで口にしてしまった。
何時もと違う錦の行動は、父に報告が上がらないか。
目的も告げず約束などと口にしない方が良かったかもしれない。
――できれば会う相手は伏せておきたかった。
いくら両親が錦に興味など無くても、流石に今回は問題行動だろう。
要するに、疚しさを感じているのだ。
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