182 / 218

第9話

「だって返事が無ければ、理由を色々考えることができるでしょう」 ――紗江はこんなことをいう少女だったか。 大人しくて気弱だった。あまり自分の意見を口にせず控えめな性格ではあったが、無邪気で素直だった。こんな風に悲観的な事を言わない少女だった。 現実を拒絶する人間特有のふわふわとした笑みに、喉が忘れていた渇きを訴える。 「断るならちゃんと理由を教えてくれるのは分ってる。でもね、理由を知らない方が傷つかないかもしれないでしょう」 「今日が駄目でも別の日で予定を合わせれば良いじゃないか」 「……断られる可能性の方が怖かったから」 紗江の声が掠れる。錦は当惑した。 まだ、彼女の精神は酷くデリケートな状態らしい。 ダメージ回避をする方法は最初から望まない結果を予測しておくこと。 彼女は約束を断られる事が前提だったのだ。 ――この程度で傷つく等錦には理解出来なかった。 縋りたかったのだろうか。 何故、そこまで思い詰めてるのか。 二年前に何があったのだろうか。 今日まで何を考えて過ごしていたのか。 紗江は俯いたまま唇を閉ざす。 何かを話さなくてはならないと言う決意は感じていた。 唇を開いたり閉じたり言葉を吐き出そうとするが、唇の外には押し出されない。

ともだちにシェアしよう!