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第11話

死に縁にたった一人で立っていた錦に誰も寄り添う事をしなかった。 母親も父親も、誰一人としてだ。 孤独の中で彼は、何を思ったのだろう。 父親や母親の事を思い浮かべなかったのだろうか。 傍に居て欲しい誰かは居たのか。 殆ど朦朧とした意識で過ごしていたのかもしれない。 それでも、終焉が頭をよぎったはずだ。 もしも、そのままその小さな心臓が止まってしまったなら、彼は近しい人に看取られずたった一人でその生を終える事となる。 そんな孤独の中で生き抜き、退院するも祝福さえされない。 沈黙の下に迎え入れられ、元居た場所に収まる。 そして、何事も無かったかのように淡々とした日常を送る。 何事も無かったかのように、味わった苦しみを過去にするならば、彼自身が良く生き抜いたと己を抱擁するしかない。 そうするべきだったのだ。 誰も彼を抱きしめないなら、彼自身が渇いた心を潤すべく自らを抱きしめ温めなくてはならなかったのだ。 孤独な者の最後の砦は自分の両腕でしかない。 しかし錦は自身を突き放し平気で自らを鞭打つ真似をした。 絶望の淵を想像し独り耐え抜いたその答えが、冷徹な眼差しで自身を値踏みする事だった。 自愛などほど遠くぞっとする程に容赦がない。 全ては、錦が誰も必要とせず求めない事に帰結している。 錦が誰も必要としないのは、誰かが錦を理解することを放棄し求めなかったからだ。 そうなれば誰かに縋る事も求める事も出来なくなる。 抱きしめられなければ抱き返すことはできない。 差し伸べる手がないなら、握り返す事も出来ない。 錦は、恐らく自分自身ですら必要としていない。 死んでいないから生きているだけ。 命があるから生きているだけだ。 朝比奈家に生まれたから、その役目を全うしているだけ。 だから、彼は自分に価値を抱いていない。 彼が大事にしているのは、周囲が大事にしている朝比奈の名前だ。 その名に奉仕しているに過ぎない。

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