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過去−1−
思わず居酒屋を飛び出してきてしまった。
優しさに期待しても同じ過ちを繰り返すだけだ。
ずっと努のことは気になっていた。
誰よりも背が高く、気がつけば目で追っていた。
社交的で誰とでもすぐ仲良くなれる性格は、省吾と似ていた。
小さい頃から人見知りで、人付き合いがずっと苦手だった。学校でもうまく馴染めず、休み時間には1人で本を読んでることが多かった。
高校に入って、人気者の省吾が声をかけてきてくれたとき、初めてクラスの一員になれたと思った。
省吾はサッカー部で男女問わず友達が多かったのに、昼休みになると屋上で一緒にご飯を食べた。
「僕といても楽しくないでしょ」
「楽しくないなら、一緒に食べないだろ」
「それならいいんだけど···」
「その卵焼き美味そう!1個頂戴!」
「自分のお弁当にもあるのに」
「んー、やっぱり拓海の卵焼きは最高」
「また今度作るよ」
「まじ!楽しみにしてる」
子供っぽくて無邪気な省吾に惹かれるのに時間はかからなかった。一緒にいられるだけで幸せで気持ちを伝えないままでいいと思っていた。
高2になって省吾は理系、僕は文系のクラスに分かれたが、変わらず屋上で一緒にご飯を食べた。
夏の気配が近づくある日のこと、屋上に向かう途中で別のクラスの女子達に囲まれた。
「高橋拓海くんだよね?」
「···うん、そうだけど」
「この子が省吾くんのこと好きみたいなんだけど、何か好きな食べ物とかあったら教えてほしくて」
省吾のことが好きだという女の子は、男子から人気のある野球部のマネージャーだった。
ーどうしよう···教えたくない
でも教えないと変な空気になると思って、卵焼きが好物だと伝えた。
次の日、省吾から彼女ができたとニコニコしながら言われた。どうやら昨日話した子に告白されて付き合うことにしたらしい。
「だから今度から彼女と昼食べるわ」
「···あ、うん」
「どうした?もっと喜んでくれると思ったのに」
「よかったね、おめでとう」
泣いてしまいそうで、急いでその場を離れた。
朝早く起きて作った完璧な卵焼きは、自分で食べるはめになった。
その日以来、2人でご飯を食べることはなくなった。
また本の世界に逃げて、人と距離を取るようになった。
高3になり、受験勉強が忙しくなり始めた頃、久しぶりに省吾と本屋で会った。
「おー!久しぶり!」
「···久しぶり」
「俺、彼女に振られちゃってさー。また屋上で一緒にご飯食べない?」
「うん。じゃあ卵焼き作るね」
「オッケー」
別れたと聞いて正直ホッとした自分がいた。
また一緒にご飯を食べられると思うと、料理の時間が苦ではなかった。
お弁当を持って教室を出ようとしたとき、廊下で話してる声が聞こえてきた。
「省吾と拓海ってどう思う?」
「なんかジャンル違うっていうか合わないよね」
「そうそう。もしかしてデキてたりして···」
その時、省吾が教室から出てきた。
「拓海とデキてる訳ないだろ、まず男だし。な?」
「···うん。気持ち悪いよね」
「それなー」
「だよねー。ごめん変なこと言って」
「いいよ、いいよ。そんじゃ屋上行こ」
省吾の手を振りほどいた。
「ごめん、ちょっと急用思い出したから帰る」
「帰るって、おい拓海!」
真夏の熱気で息が苦しかったが、家まで足は止めなかった。
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