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先輩に頼まれた資料をデータで送ったはずなのに、届いてないと言われて作り直すことになった。
入社したてで先輩に楯突くのもどうかと思って、言葉をぐっと飲み込んで仕事に集中した。
先輩は用事があると言って定時で帰ってしまった。
努から電話があったが、仕事が終わってから折り返すことにした。
「高橋くん、まだいたのね」
部長の大森さんが声をかけてきた。直接話すのは初めてだ。大森さんは数少ない女性の管理職で、周りからは鉄の女として恐れられている。
「ちょっと資料作成に時間がかかって···」
「もう定時過ぎてるから、キリのいいところで帰りなさい」
「はい。すみません···」
「無理は禁物よ。じゃ」
そう言って足早に帰った。口調は厳しいが、思ったよりも恐くはなかった。
21時過ぎに何とか作り終わり、先輩にメールで送った。また何か言われないように、送ったメールをスクショして会社を出た。
「もしもし、遅くなってごめん」
歩きながら努に電話した。
「今帰り?」
声を聞くだけで安心する。
「うん」
「お疲れ様。連絡ないから心配したよ」
「先輩に仕事頼まれちゃって···」
「その先輩ってこの前の土曜に頼んできた人?」
「そう、同じ人」
「話聞いてるとムカつくな」
「まぁ今だけだと思うよ」
「続くならちゃんと上司に相談しろよ」
「うん、分かった」
「気をつけて帰ってきて」
「はーい」
扉を開けると努が玄関で待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
最近は努が仕事終わりに家に来て、夕飯を一緒に食べることが多かった。僕の方が帰りが遅いので、努はいつも玄関で抱き締めてくれた。
「疲れたよー」
「お疲れ様」
頭を撫でられると疲れが少し和らいだ。
「ご飯は?」
「まだ食べてない」
「待っててくれたの?」
「一緒に食べたいし」
「ありがとう」
努が買ってきてくれた惣菜を温めて、冷凍していたご飯を解凍して食べた。
「明日も仕事かー」
心の声が出てしまった。
「大学生ってよく人生の夏休みって言うけど、社会人になると意味が分かるよ」
努があくびをしながら言った。
「そろそろ帰るかな」
そう言うと立ち上がった。出勤時間が違うため、泊まるのは週末だけになっている。帰ってほしくなくて努の手を掴んだ。
「どうした?」
「今日は一緒にいて」
「俺、1時間早く起きるけどいいの?」
「うん、大丈夫」
「じゃあお言葉に甘えて」
口が半開きになった寝顔にキスをして寝た。
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