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省吾−1−
雨が降り続き、このまま梅雨入りしそうな6月に入った。低気圧のせいで体がだるくて、いつもより準備に時間がかかった。
出勤すると大森さんに声をかけられた。
「高橋くん」
「おはようございます」
「今日お昼時間ある?」
「ありますけど」
「じゃ時間になったらロビーに下りてきて」
「分かりました」
「寝癖ついてるわよ」
鏡を見ると確かに触覚が生えていた。
「すみません···」
「身だしなみも社会人の基本よ。じゃ後で」
「はい」
デスクに座って寝癖を直していると、先輩が声をかけてきた。
「直々に呼び出しとかなんかしたのか?」
「いや···思い当たらないんですけど」
「生きて帰ってこれるといいな」
「怖いこと言わないでください···」
お昼休憩になりロビーに下りると、大森さんがもう待っていた。
「お待たせしました!」
「私も今来たとこだから」
「あの···僕なにかしましたか?」
恐る恐る聞いてみると、大森さんが笑った。
「高橋くんが仕事に慣れたか、お昼食べながら聞こうと思っただけよ」
「そうでしたか」
「私の行きつけのお店行きましょう」
そう言って会社を出た。
お店は会社から歩いて5分ほどの住宅街の中にあり、
こじんまりとした洋食屋だった。
「いいところですね」
「でしょ。会社の人とも滅多に会わないし、何より料理が全部美味しいの」
メニューを見ると、ハンバーグやカレー、海老フライといった定番メニューが並んでいた。
大森さんはナポリタン、僕はハンバーグを頼んだ。
「仕事には慣れたかしら?」
「はい。できることが増えてきて楽しいです」
「そう、それならよかった。期待してるから」
「ありがとうございます」
この人についていこう、と心から思った。
トイレを出ると大森さんが支払いを済ませていた。
「あ、お金払います」
財布を出そうとしたら怒られた。
「私が急に誘ったから気にしなくていいの」
「ごちそうさまです」
「じゃ行きましょう」
店を出ると雨は止んでいたが蒸し暑かった。
暑さと満腹で眠気が襲ってきて、コンビニに寄ってコーヒーを買った。
信号待ちをしていると、反対側に見覚えのある顔があった。眠気のせいだとコーヒーを一口飲んだが、気のせいではなかった。
信号が青になり、みんなが歩き出す中、どうしても足が動かなかった。
ーこのまま気付かれませんように
そう思って俯いていると大森さんが心配そうに駆け寄ってきた。
「高橋くん、大丈夫?具合でも悪いの?」
首を横に振って顔を上げるとそこに省吾がいた。
紺色のスーツがとてもよく似合っていた。
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