43 / 61

省吾−1−

雨が降り続き、このまま梅雨入りしそうな6月に入った。低気圧のせいで体がだるくて、いつもより準備に時間がかかった。 出勤すると大森さんに声をかけられた。 「高橋くん」 「おはようございます」 「今日お昼時間ある?」 「ありますけど」 「じゃ時間になったらロビーに下りてきて」 「分かりました」 「寝癖ついてるわよ」 鏡を見ると確かに触覚が生えていた。 「すみません···」 「身だしなみも社会人の基本よ。じゃ後で」 「はい」 デスクに座って寝癖を直していると、先輩が声をかけてきた。 「直々に呼び出しとかなんかしたのか?」 「いや···思い当たらないんですけど」 「生きて帰ってこれるといいな」 「怖いこと言わないでください···」 お昼休憩になりロビーに下りると、大森さんがもう待っていた。 「お待たせしました!」 「私も今来たとこだから」 「あの···僕なにかしましたか?」 恐る恐る聞いてみると、大森さんが笑った。 「高橋くんが仕事に慣れたか、お昼食べながら聞こうと思っただけよ」 「そうでしたか」 「私の行きつけのお店行きましょう」 そう言って会社を出た。 お店は会社から歩いて5分ほどの住宅街の中にあり、 こじんまりとした洋食屋だった。 「いいところですね」 「でしょ。会社の人とも滅多に会わないし、何より料理が全部美味しいの」 メニューを見ると、ハンバーグやカレー、海老フライといった定番メニューが並んでいた。 大森さんはナポリタン、僕はハンバーグを頼んだ。 「仕事には慣れたかしら?」 「はい。できることが増えてきて楽しいです」 「そう、それならよかった。期待してるから」 「ありがとうございます」 この人についていこう、と心から思った。 トイレを出ると大森さんが支払いを済ませていた。 「あ、お金払います」 財布を出そうとしたら怒られた。 「私が急に誘ったから気にしなくていいの」 「ごちそうさまです」 「じゃ行きましょう」 店を出ると雨は止んでいたが蒸し暑かった。 暑さと満腹で眠気が襲ってきて、コンビニに寄ってコーヒーを買った。 信号待ちをしていると、反対側に見覚えのある顔があった。眠気のせいだとコーヒーを一口飲んだが、気のせいではなかった。 信号が青になり、みんなが歩き出す中、どうしても足が動かなかった。 ーこのまま気付かれませんように そう思って俯いていると大森さんが心配そうに駆け寄ってきた。 「高橋くん、大丈夫?具合でも悪いの?」 首を横に振って顔を上げるとそこに省吾がいた。 紺色のスーツがとてもよく似合っていた。

ともだちにシェアしよう!