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浜松−1−

東京には帰りたくなかった。 こんな気持ちで1人でいるのは耐えられない。 浜松行きの切符を買って新幹線に乗った。 窓に映る自分は自分じゃないみたいだった。 スマホは何回も震えたが、確認する気にはならず 電源を切った。 ーどうしてこうなるんだろう ただ努の喜ぶ顔が見たかっただけなのに。 あんな顔をさせるつもりはなかったのに。 怒ってるのか悲しいのか、感情が複雑に絡み合って 声を出さずに泣き続けた。 浜松に着いて、タクシーで実家に向かうと明かりがついているのが見えた。 インターホンを鳴らすとお母さんが出てきた。 「拓海、どうしたの?」 「お母さん、今日泊まっていい?」 震える声を隠して精一杯笑った。 お母さんは何があったかは聞かずに入れてくれた。 シャワーを浴びてリビングに戻ると、お母さんが梨を剥いてくれていた。 「拓海、梨好きでしょ」 「うん、ありがとう」 一切れ食べると、爽やかな甘みが体に染みた。 「お父さんはどう?」 「薬が効いてるみたいで回復してる」 「そっか。それならよかった」 「明日一緒に病院行こっか」 「うん」 梨を食べ終え、自分の部屋に入った。 高校まで過ごした部屋は懐かしい匂いがした。 ベッドに横たわり、スマホの電源を入れると努からの着信が20件以上あった。留守電も入っていたが聞く気にはなれず、代わりに音楽を聴くことにした。 イヤホンから流れてきた、お互い他人の恋なら冷静になれるのにね、という歌詞に胸が苦しくなった。 努と他人のままでいることを自分からやめたのに、今は他人に戻れたらと思ってる自分がいた。 努と出会ってなければこんな辛い気持ちも知らずに済んだのに、なんて思う自分の弱さが情けなくて嫌いになりそうだった。 努と、そして自分と向き合う覚悟ができるまで指輪は外すことにした。 目をつむって寝ようとしたが、眠れなかった。何か飲もうとキッチンに行くとお母さんがまだ起きていた。 「まだ起きてたんだ」 「お父さんに持ってくお弁当のおかず何にしようか考えてたらこんな時間になっちゃって」 「そうなんだ」 「拓海、何がいいと思う?」 卵焼きを美味しそうに食べる努の顔が浮かんで、涙が止まらなくなった。 「いいのよ。泣きたいときは泣いて」 お母さんがそう言って優しく抱きしめてくれた。

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