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第一話 『エロ鴉さんのセクハラ』

僕の名前は神尾(かみお)(りく)。 『(さくら)神子(みこ)』として神尾神社で生を享けた、今年三月に十八歳を迎えたばかりの普通の男の子。  いや、やっぱり普通じゃなかった、ごめんなさい。 『(さくら)神子(みこ)を喰らわば百年長生きし、精を喰らわば若返り、嫁に貰わば一族は千年栄える』という盛りすぎな伝承のせいで、僕は小さな頃からあやかしに狙われ続けてきた。  そして、三歳の時に神隠(かみかく)しに()い、その時に出逢ったあやかしの士狼(しろう)と交わした『約束』を果たすべく現在はここ、『桜神界(さくらしんかい)』にいる。  僕の士狼は神格を賜った犬神様で、桜神界でも特別な存在だ。  よく分からないんだけど『四妖(しよう)』の一妖(ひとり)なんだって。  真っ白なふわりとした艶々の長い髪。  頭の上にピンと立ったケモミミ。  切れ長の銀の眼差しと低くて艶のあるイケボ。  士狼はテレビの中のどの芸能人よりも整った顔をしている。  初めて見た時は本当にビックリした。  強くてカッコイイ僕のヒーローだ。  そんな彼は(さくら)神子(みこ)御使(みつか)い様として十五年間『(ひと)()』で白い狼の姿『シロ』として僕を側で護り続けてくれた。  そして、僕は十八歳になったら士狼のお嫁さんになる『約束』をしていたんだ。  僕たちはひと月後に祝言(しゅうげん)を挙げることになった。  でも、祝言(しゅうげん)を挙げるには色々と準備が必要らしくて。  僕たちはまだ『婚約者』……コッチ風に言うと『許婚(いいなずけ)』ってところかなぁ。  僕は寝泊まりしている士狼の立派なお屋敷の縁側をあくびをしながらトコトコと歩く。  朝方まで士狼とイチャイチャしていたら寝過ごしてしまった。 『――()いな。(りく)』  まだ士狼がいい声で耳元で囁いているみたいで、僕は昨晩の色々を思い出して恥ずかしくなる。  青空と見事な庭園の緑を眺めながら僕は頬を火照らせる。  今朝、僕の髪を愛しげに撫でながら、(まなじり)に唇にちゅっちゅしながら士狼が言った。 『まだ寝ておれ。無理をさせたからな。良く頑張ったな。()いぞ、俺の(りく)』  耳に残る士狼の低くて艶のある声に僕はほわんとしちゃう。  士狼はすごく優しい。  すごくすごく大切そうに僕にそろりと触れてくる。  愛されて甘やかされて過ごすのは心地良い。  でも……。  最近、士狼、なんとなく元気がないんだよね。  その、やっぱりアレかな。 (あの日、僕に赤ちゃんが出来なかったから、かなぁ?) 『――(はら)めよ、(りく)』  士狼に初めて抱かれた激しい夜を思い出して、僕はボワッと顔から火が出そうになり慌ててパタパタと両手を振った。  あの後、僕が目覚めたら士狼が僕のおへその下をそっと撫でて、頭の上のケモミミを僅かに下げた。  士狼は何も言わなかったけれど、しゅんとしていた。ぜったい。  見えなかったけれど、きっとシッポも項垂(うなだ)れていたはずだ。 『(さくら)神子(みこ)を孕ませると一族は千年栄える』んだっけ?  士狼は白狼族の最後の一妖(いちよう)だから、やっぱり寂しいのかな。  家族が欲しいんだよね。  (さくら)神子(みこ)は、赤ちゃんが出来るとすぐにそのあやかしの(いん)がおへその下に浮き上がるらしい。  それぞれ違うってこと? 士狼のはどんな紋様なのかなぁ。  狼だから肉球マークだとカワイイな。なんてね。  今僕のおへその下は通常モード。  綺麗なモンだ。  そして申しわけないけれど僕は内心ホッとした。  だって、そりゃそうでしょ?  僕は男だよ。  そんな覚悟をして十八年間生きてきていないんだよ。  出産とか子育てとか、チョットいきなり言われても、ねえ?  どうやって産むの?  どこから産むの?  どういう仕組みでどうなるんだろう。  不安しかないよ。 「…………う~ん」  でも、士狼が喜ぶなら。  赤ちゃん出来ても、まあ、いいかもしれないケド。  僕は両頬を手のひらで包んで考える。  士狼と僕の赤ちゃんか~。  ケモミミ生えてる?  フサフサのシッポ生えてる? (…………。それは、チョット……、カ、カワイイかもしれない!)  白いモフモフ!  僕は士狼にそっくりなチビ士狼を抱っこした僕と、そんな僕らを愛しげに抱き寄せる士狼を想像して、ほわんと胸があたたかくなった。 (家族かぁ……。……。どうして出来なかったのかな? 何か理由があるのかな?) 「よお、リク!」  僕が考え事をしていたら、バサリとした羽音と共に頭の上から声がするなり黒い人影が舞い降りた。 「(からす)サマ登場~、か~ら~の~、かーベードォオ――――ンッ!!」  いきなりドシーンッと壁を突く音に驚いた僕の目の前に黒い羽根がひらりと舞った。  僕の顔の横に伸びた筋肉質で引き締まった長い腕を目で辿ると、艶やかな黒髪の間に青味がかった黒い切れ長の眼が覗いた。  ノースリーブの着物に袴姿というハイカラな出で立ちのあやかしが背に黒い翼を生やして僕を見下ろしていた。 (――で、出たな! エロ(がらす)さんッ!)  このあやかしは『鴉天狗(からすてんぐ)』の(からす)さん。  僕は一度攫われてとんでもない目に遭わされたことがある。  (からす)さんは士狼の屋敷に入り浸っていて、なんだか知らないけれど大抵いる。  古くからの士狼の仲間らしい。  人の世の流行(はや)りに乗るのがマイブームらしく、やたら横文字を使ったりおかしなネタを仕入れては実践してくる残念なイケメンだ。 「どうだ? ときめいたかリク」  身を屈めた彼はニヤニヤしてそう言った。 「いえ全然」  至ってクールにそう言うと、(からす)さんは大仰に頭を抱えた。 「っかしいなぁ~! 人の世の乙女共はこれでイチコロらしいぜ? お前どっかおかしいんじゃねぇの?」 (おかしいのはアンタだっ!) 「残念ながら僕は乙女ではありませんから。それにその壁ドンはなんか違う。どこ情報ですかそれ」 「お前んちのテレビに決まってんだろ」  (からす)さんは真顔で答えた。 「昨晩は宗一郎(そういちろう)とオールで飲んでた」  今帰り、とサラッと告げられて僕はビックリした。 「じ、じいちゃんに迷惑かけないで下さい」 「アホか。俺達は元々仲良しだ」  (からす)さんのドヤ顔を見て僕はすごく複雑な気持ちになる。 「お前の描いた絵見せてもらったぞ」 「え?」 「ナントカレンジャーってヤツ」 「はあ?」 「酔いが回ったら『お宝コレクション』を披露してくれんだ。宗一郎は」 「……『お宝コレクション』?」  三年前に亡くなった祖母のみつさんは、両親のいない僕をものすごく可愛がって育ててくれて、写真アルバムはもはや二桁。  押し入れの下段にミッチリとひしめき、上段には僕が子供の頃に描いた絵とか工作とかを見事なまでにコレクションしていた。  それのことだ。きっと! (じいちゃん、余計なことを~!) 「将来の夢は『正義のヒーロー』になりたいってな。その夢、俺が叶えてやるぜっ!」  (からす)さんは僕に顔を寄せて青味がかった黒い眼をキラキラさせてそう言った。 (そんなの子供は誰だって一度は言うでしょ!)  僕はなんとも気恥ずかしくていたたまれない。 「子供の頃のことですよ! それより離れて下さい。近いっ」  僕はぐいぐいと身を詰めてくる(からす)さんを両手で押し退けつつそう言った。 「(からす)さんの匂いがついたら士狼が荒れるんです! ハイ離れて離れてっ」 「……つーかよぉ、お前士狼とちゃんと上手くいってんのか?」  ふいに真顔で聞かれて僕は違和感を覚える。 (心外だ。なんだその質問は!) 「当たり前です。僕たちは誰がどう見てもラブラブだと思うんですが!」 「じゃあ聞くけどよ、一日何発やってんの?」 「……へ?」  無駄にいい声で耳元で囁かれて、そのプライバシーを侵害する内容に僕は一気にカアッと顔を熱くして口をぱくぱくさせてしまう。 「そ、そんなの(からす)さんに関係ないでしょう!」 (一日何発とは……!? なんで毎日致す前提なんだろうか! しかも何度も?) 「士狼はそんなにガツガツしてないんです。エロ(がらす)さんと一緒にしないで下さいっ!」  僕は、えいやっ! と(からす)さんを押し退けて謎の壁ドンから脱出するとハアハアと息を乱しつつそう言ってやった。 「ほおおお~? 知らねえぞ。アイツみたいに澄ました顔してる奴が一番ムッツリなんだぜ」 「ムッツリ……ってホントいろんな言葉知ってますね。でも、そんなことありません。士狼は紳士なので!」  初めてひとつになった翌朝に僕が足腰立たなくなって、さらに熱を出して丸一日寝込んだものだから、士狼はあれ以来無茶をしなくなった。  毎晩一緒に寝てくれるんだけど、ぎゅっとして添い寝だけの日もあるし、愛撫だけの日もある。 『構わぬ。こうしているだけで満たされる』  士狼はそう言って頭を撫でて抱きしめてくれるのだ。 (あ~、士狼カッコイイ! 士狼優しい! 士狼大好きっ!)  でも、僕だってそれでいいと思っているわけじゃあない!  僕は士狼にまた我慢させたくない。  いつも僕ばかり。  士狼にも気持ち悦くなって欲しい。  そもそも士狼の士狼が大きすぎるのが問題なのだ。 『僕、もう大丈夫だから……シよ?』  そう言って昨晩は勇気を出して僕の方から誘ったんだ。 『……ならば、今宵から少しずつ慣らしてゆくか』  そう言って士狼は……。でも、僕ときたら指二本だけで一人で何度も達してしまい結局先に撃沈してしまった、らしい……。  気がつくと朝だった。  ――そう。  僕らはアレ以来最後までシていない。 「紳士ねえ。それ、お前の前でだけだろ。欲求不満ですって顔に書いてあんじゃん、アイツ」 「え……ッ」  (からす)さんに言われて僕はドキンとする。  そ、そうかな。  やっぱりそうなのかな?  士狼は平気な顔してるけど本当は無理してるのかな?  だから元気ないの?  僕はまた士狼に我慢させてるの? 『十五年間も我慢していたのだ。お前が欲しくて堪らぬ。(りく)、俺の飢えを満たせ』  あの晩を思い出して僕は変な汗が出てしまう。 (ううっ。士狼に愛想を尽かされたらどうしよう!) 「ま、今夜は満月だからな。覚悟しといた方がいいぜ」 「えっ?」 「満月の晩は、狼は理性が利かなくなる。日々の我慢が積もりに積もって少しの刺激で、……ドッカァア――ン! だな」  (からす)さんが両腕を広げて大きな声を出したので僕はビックリしてしまう。 「ってことで、そろそろ俺に乗り替えたら? その調子じゃ士狼の嬰児(やや)はまだ出来てねぇんだろ」 「ハア!?」  とんでもない提案に僕は目を剥いた。 「俺なら一発でキめてやるぜ?」 「結構ですッ!」 (ど、どんだけチャラっとしてるんだろう。本当にこのあやかしは!)  僕は呆れ返り、キッと顔を上げて士狼よりも長身の(からす)さんを睨み上げる。 「冗談はやめて下さい。それより僕のズボンとかアレ、返して下さいよ」 「アレぇ? ああ、パンツな。んだよ。(ふんどし)デビューまだしてねぇの?」  (からす)さんが自分の顎を撫でながらニヤニヤして言う。 「しませんよッ。そんなデビュー!」 (誰がフンドシなんか……ッ!) 「んだよ。じゃあ、今ノーパン?」  (からす)さんがさらにニヤニヤして浴衣姿の僕の股間に視線を留める。 (くっ。なんでこのあやかしは妙に横文字が達者なんだろうか!?) 「ちゃんと穿()いてますから! ご心配なくっ」 「へえええ。んじゃ、別にいいだろ」  (からす)さんはチョットつまらなさそうに片眉を下げて笑って言った。 「は? 全然よくないですよ。返して下さい」  ひとんちに使用済みの下着を置き去りにして気にしない方がどうかしている。  ありえない。せめて洗濯して欲しい。 「いいぜ? んじゃ、今から俺の(いおり)に取りにこいよ」  ニヤニヤしながらペロリと舌舐めずりされて、僕は口をへの字に曲げる。  ぐぬぬぬ。  一体何度目だろう。このやり取りは! (このエロ(がらす)ッ。士狼に言いつけてやるぅ! またぶん殴られて壁にめり込んじゃえ~!)  僕が内心、地団駄(じだんだ)を踏んだあたりでお約束。 「ま~た(からす)っ! リクちゃんから、離れな、さァァ~いっ!」  鈴を転がすような声が聞こえるなり、ビュオオオ~ッ! と氷の粒と冷気が押し寄せてきて(からす)さんの頭にカンカンッと数粒ヒットした。 「あだだだッ。チッ、早えなユキ。もう来やがったか。うぉっと!」  (からす)さんはビュンッと大きな氷の(つぶて)を避けて中庭に飛び下りた。 「んじゃリク、またな~。(からす)サマは今日の夕飯は唐揚げがいいぜ」  軽く手を上げてキランと胡散臭い爽やかな笑顔。  聞いてもいない夕飯のリクエストを告げる(からす)さんに僕は大声で答える。 「あの! 今日はちょうど唐揚げですけど、別に(からす)さんのためじゃなくて士狼のリクエストなんですからね! 勘違いしないで下さいね!」 「あ~、知ってる。そういうの『ツンデレ』ってんだろ?」  ピッと人差し指を立ててドヤ顔すると、バサァと青緑に反射する黒翼を広げて青空へと舞い上がる。  そしてあっという間に見えなくなった。  僕はポカンとして空を見上げる。 「ったく呆れた。また壁にめり込みたいとしか思えないわね」  さっき僕が考えていたのと同じことをユキちゃんが言ったので、思わずぷっと吹き出してしまう。  んもう、と大きなため息をついたのは『雪女』のユキちゃん。  僕の初めてのオトモダチ。三歳の『ぼく』を桜神界に連れてきてくれたのはこのあやかしだった。  いつも僕の絶対味方。  桜神界(ここ)での僕のお姉さん的存在だ。  ユキちゃんは僕より二十センチは小さな身長で水浅葱色の着物を着てふわりと宙に浮いている。  ユキちゃんの周りには氷の結晶がお花のように舞う。  氷菓子のような肩までの髪をシャランと揺らして水色の大きな瞳が僕を見てニコリと笑った。 「リクちゃん、おはよう。あれ? 士狼は一緒じゃないの?」 「おはよう、ユキちゃん。うん、また『(みそぎ)』だって」 「ああ、そっかあ。リクちゃん寂しいね」 「仕方ないよ」  ひと月後の祝言(しゅうげん)に向けて、士狼は昼間は桜神様(一寸爺ちゃん)のところに出かけていく。  なんでも『(みそぎ)』をしないといけないとかで。 「でも『(みそぎ)』って何? 士狼は毎日何やってんのかな」 「十五年間も人の世にいたから血を清めないとリクちゃんと正式な契りを結べないの。御神水(ごしんすい)に十五日間身体を浸して(けが)れを祓うのよ。今日は無理だったけど次の満月までに間に合わせてもらいたいわ」 「そうなんだあ~。祝言(しゅうげん)は満月じゃないとダメなんだね」  士狼、大変なんだな。  僕に何か手伝えることがあればいいんだけど。  今夜は満月かあ。  お月見でもしながら美味しいもの食べてもらおう。  僕の誕生日がちょうど新月だったから、もうあれから二週間経つんだね。  じゃあ、ここに来てから十三日目か。  なんだかもっと長い間いるみたいに感じちゃう。  すっかり馴染んでしまったなあ。 「ひと月後には祝言(しゅうげん)よ。うんとおめかししなきゃね。あたしがリクちゃんを素敵なお嫁さんに仕上げてみせるわ! まかせてッ」 「う、うん」  ユキちゃんが張り切って両手をブンブンする。  えっと、僕ってまさか白無垢とか着せられるのかな。 「あ、それはそうと。ぶん太が張り切っていたけど、もしかして今日こそ?」  ユキちゃんに言われて僕はパッと顔を輝かせた。 「うん。届いてると思う! 今日こそおはぎだよ!」 「おはぎ!」  ユキちゃんが目をキラキラさせる。 「ユキちゃんは冷たい方がいい? 粒あんのせて宇治金時のかき氷にしようか」 「きゃー! リクちゃん素敵!」  僕の提案にユキちゃんが目をキラキラさせてハグしてきた。  僕も嬉しくなって頬が緩んでしまう。  あやかしのみんなは僕の手料理にメロメロなのだ。  みんなは食べなくても平気な身体なんだけど、美味しい食べ物への憧れは強烈で。  ぶん太やゴンは、小石をおはぎやおいなりさんに変化(へんげ)させて食べたりして楽しんでいたけれど満たされてはいなかったらしい。  そもそもあやかしのみんなは食べなくても平気な身体かもしれないけれど、僕はれっきとした人間だ。  食べなかったら死んでしまうし、身体だってお手入れしないと汚くなる。 「じゃあ、また後でね」  僕は、ユキちゃんと別れてから自室に戻り、掛け軸をくぐって人の世の僕の部屋へと戻った。  桜神界の僕の部屋と、人の世の僕の部屋は一寸爺(いっすんじい)ちゃんにお願いして掛け軸を通じて繋げてもらっている。  神尾神社の裏の母屋にある僕の部屋は、じいちゃんの結界で護られているので安全だ。  士狼が毎日口をすっぱくして言う『俺が居ない間に屋敷から絶対に出ぬようにな』というのはコッチの屋敷も含まれる。  僕はマメに行き来して、シャワーを浴びたり、着替えを取りに行ったり、晩ご飯を作ったりと二つの屋敷を行ったり来たりする毎日を送っているのだ。  やっぱ綿百パーセントのニットボクサーパンツじゃないと落ち着かないしね。  洗濯だってコッチでなら洗濯機があるから楽チンだ。  ご飯も炊飯器で炊く方が早い。  冷蔵庫に電子レンジにガスコンロ。  文明の力なくしては僕は満足に料理も作れない。  そんなわけで、最近では神尾家の台所と士狼のお屋敷を繋げてもらったので夕飯は神尾家でみんなで食べる。  士狼と僕とユキちゃん、それに(からす)さんとぶん太とゴン。  じいちゃんも一緒だし、なんだか急に大家族になったみたいで賑やかで楽しい。  僕はどちらかというと食べるよりも作る方が好きだ。  みんなが美味しいって喜んでくれるのが嬉しい。  じいちゃんは無口なので実は張り合いがなかったんだよね。  僕はばあちゃん仕込みの料理の腕前をこんなところで披露できる機会を得て、今とてもやり甲斐を感じている。 「さて、まずはシャワーを浴びよう」  シャンプーやトリートメントもしたいし、お風呂上がりには化粧水だってつけたい。  僕はばあちゃんの高い美意識の元で育てられたので、どうも女子力が高いと思われる。  士狼がいい匂いと言ってくれるのをキープしたい。  いつも心地良さそうに撫でてくれる髪を念入りにトリートメントしながら、今日もお気に入りのフローラルの薫りのボディソープで隅々まで身体を洗う。  だって士狼メッチャ嗅いでくるんだもん。 「あ~! シロも洗いた~いッ」  僕は思わず泡だらけの両手を上げて叫んだ。  いつも一緒にお風呂に入っていたのに。  僕が隅々まで洗ってあげていたのに!  ああ、シロとフライングディスクで遊びたい。  モフモフに包まれて眠りたい。  そうなのだ。  士狼(しろう)は相変わらず頑なに『シロ』になってはくれなくて。 『()()ではなく()()として俺を見て欲しい』とか真顔で言うんだもん。  僕はモフモフが足りなくて禁断症状がヤバイ。  もうチョットでぶん太のフワモコのシッポをモフりそうになるのを理性を総動員して我慢している。  幼い頃にぶん太のシッポを追いかけまわしたお詫びに、好物の粒あんのおはぎを作る約束をしているというのに。  このままでは本末転倒になってしまう。  小豆(あずき)が売り切れていてまだおはぎの約束は果たされていないのだ。  常にあやかしに狙われているため屋敷の外に出られない僕は、週三回の宅配スーパーで食材を調達している。  今日こそは届いているはず!  昼頃の配達を心待ちに、浴室を出た僕は張り切って台所に行く。 「空き時間におはぎと唐揚げの下準備しとこう」  まずは、餅米と白米を二対一で炊飯器にセットし炊飯ボタンを押す。 「六合もあれば足りるよね?」  それから、大量の鶏もも肉に火が通りやすいように切れ目を入れてから一口大に切る。 「う~ん、これだけあれば足りるかなあ」  前回は全然足りなかった。  (からす)さんがメッチャ食べる。 「え~と、醤油、料理酒、ごま油。あとニンニクとショウガをすりおろして……」  ばあちゃん直伝のレシピノートを見ながら計量スプーンで分量を量ってボールに調味料を合わせる。  よく混ぜてから鶏肉を漬け込んでラップをして冷蔵庫に入れる。  あとは卵を混ぜ込んで水気を切り、片栗粉と小麦粉を同量合わせたものを混ぜ込んで油で揚げるだけだ。 「よしっ。準備万端!」 『美味い。気に入った。今度は沢山作ってくれ』  前回の唐揚げの時に士狼に褒められたことを思い出して僕は盛大に頬を緩めたのだった。

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