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第2話
ある日の昼休み、日直の俺は数学資料室に授業に必要なものがあるか尋ねに行った。先生は薄暗い部屋の中、電気も点けずに一人、本を読んでいたらしかった。机にそれを伏せると立ち上がった。俺より大分、小さい人だった。
「今日は無いよ。ありがとう」
「そうですか。……先生。何を読んでたんですか?」
先生が本を手に取り、俺に差し出した。
「『「無限と連続」の数学』だよ。興味がある?」
先生は常日頃、数学でわからないことがあればいつでも聞いてほしいと言っていた。資料室にある本で読みたいものがあれば貸すということも。だがさすかにそのタイトルでは中身が想像できなかった。
「難しそうですね。でも、読んでみようかな」
「そんなことを言ったのは君が初めてだ。藤田」
優しい笑顔と共に告げられた言葉。先生は二年の学年すべての授業を受け持っている。八組もある中で、俺の名前を知っているとは思わなかった。その時、俺は先生の顔を間近に見て、奇妙な感情が湧きあがった。興味でもない、恋慕でもない、中途半端な何か。
「どうした?」
「いや……生徒全員の名前を憶えているなんて、さすが先生だな、と」
先生は一瞬、妙な表情になって、視線を逸らした。
「……君のことは女子生徒に聞いたことがあるから」
「なんて?」
「もう、教室に戻りなさい」
「なんて言ってました? 女子からなんて聞いたんですか?」
先生は何度も不自然に喉を鳴らした。俯いて、薄く開いた唇から小さな声が漏れた。
「バスケ部のエースだと……。それから……」
「それから?」
「いや……」
歯切れが悪い。いつもの先生らしくない態度に、俺は段々調子に乗っていった。
「先生は、俺の何を知ってるの?」
「…………」
「ちょっと待って」
俺は教室の扉の鍵を締める。それを見た先生は訝しげに俺を見上げた。
「藤田……?」
俺にもわからない、もどかしい何か。吐き出してしまいたい。このままだと不可思議な感情の波に溺れる。呼吸ができなくなる。
「先生、最近、たまに体育館に来るよね」
「…………」
「バスケ部の練習見てるのも知ってる」
「それは……」
先生は少しずつ壁際の本棚の方に後ずさっていく。
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