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第8話

 黒い長袖のジャージに着替えて、俺は鞄とスポーツバッグをロッカーの中に押し込んだ。最悪な気分だった。 「遼一、落ちてる、落ちてる」 「ん?」  親友の巧の言葉に俺は下を向いた。スマホが落ちている。乱暴に鞄を扱い過ぎた。 「何なの、おまえ。今日、調子でも悪いの?」  割と無表情の俺の感情をよく読み取るのは幼馴染だからか。俺は画面が壊れていないか確認しながら笑った。 「そんなんじゃ……」  メールが一件。後にしようかとも思ったがなんとなく開けてみる。 ――野村先生。  俺は巧に見えないように少し身体を斜めにしてそのメールを読んだ。 ――だから言っただろう? 一時の感情に溺れて私になんか構うんじゃない。  何のことだ? 俺は頭を捻る。俺、何かした? 昨日からのことをずっと考えてみる。思い当たる節といえば、まさか、武藤といるところを見られた? それしか考えられなかった。いきなりの先生のメールに俺は思わず頭が真っ白になった。 「……女?」 「……いや」 「誤解があるなら謝ってからこいよ。大事な試合前だ。余計なこと考えて練習したら大変なことになる」 「……ありがとう」 「部長にはうまく言っとくわ」  俺は数学資料室に向けて走り出した。まずいところを見られた。しかしわざわざそれを「見た」と送ってくる先生の気持ちもわからない。これではまるで……。  資料室に行き引き戸を開けようとすると、中から声が微かに聞こえる。俺は少しだけ戸を開けて中を見た。 ――冗談だろ。  キスをしている。それも薄暗い部屋の中で。俺は思わず戸を引いた。生徒だった。女がびっくりして顔を上げる。俯いた先生に「じゃ、また」と言うとこちらへ歩いてくる。見覚えがある。だが同じクラスではないため名前はわからなかった。 「そこどいてくれないと、廊下に出られないんだけど」  生意気にもそう俺に言い放った女は舐めるように俺を見ながら廊下に出ていった。先生は手で顔を抑えている。女が消えるのを確認してから俺は中に入って先生の側に寄った。 「……藤田?」  顔を上げた先生の頬には涙が零れていた。しかも左目からだけ。俯いて、手で瞼を抑える。

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