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第9話
「……何してたんだよ」
怒気を含んだ俺の声に気付いたのか、先生は手を振った。
「違う。誤解だ」
「キスしてたんだろ?」
「目に睫毛が入ったらしい」
「嘘言えよ」
急に先生が顔を上げて立ち上がる。俺の顔に近付いて、じっと見つめてくる。煌めく瞳。そこからまた涙が溢れて頬に落ちた。
「じゃ、君が見てくれ」
「は? 俺が? さっきの女に見せただろう」
「違う。急に顔を近付けられた。目を瞑っていたから見せてないよ」
俺は不機嫌なまま顔を近付ける。呼吸が当たるほど側に近付いてむりやり瞼を押さえた。先生は堂々としたもので俺のするがままにさせていた。やましいところは無いと言いたいのだろう。眼球の端に確かに小さな睫毛が付いている。その周りが赤く充血して痛むのだろうが、俺はとにかく頭に血が上っていて、むりやり先生の腰を引き寄せた。
「……何? ……!」
舌を眼球にそっと付ける。びっくりした先生は慌てて顔を背けようとしたが、もう片方の手で後頭部を抑え付けた。
「目を開けていろ。じっとして」
先生の両手が俺の肩にしがみつく。先生は天井を見ながら瞼を開けている。そこにゆっくりと舌を差し入れて、ゆっくりと眼球を舐める。指が肩に食い込む。乱れた呼吸が喉に当たる。そっと隅へと舌をずらし、睫毛を揺らす。
「……もう、いいか?」
それには答えず、舌に付いた睫毛を手の甲に押し付けた。解放されると思っていた先生は俯いて息を吐いたが、俺にその気がないことを知ると肩を少し叩いた。
「藤田。部活だろう? 何をしにきた」
「アンタのメール、見たよ」
廊下をはしゃぎながら歩く女生徒達の足音が聞こえる。先生は俺から離れようとしたが、俺は放してやるつもりはなかった。
「俺と女が理科室にいたのを見たんだろ?」
「……放して、藤田」
「こうなるのがわかってて、俺にメールを送ったんだろう?」
「違……」
「違うじゃねぇよ!」
先生が膝を折りそうになるのをそのままに床へと倒す。頭や肩を少し打ち付け、先生は痛そうな顔をした。その上に馬乗りになり俺は先生のシャツのボタンへと手を伸ばした。
「やめなさい!」
「何でだよ。わかってて、メール送ったんだろう?」
「藤田」
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