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第13話
その時だった。温かいものが俺の手に触れた。ふと瞼を開くと先生の細い指が俺の人差し指から親指をなぞっていった。その艶めかしい動きに俺は一気に顔が真っ赤になった。先生を見ると、彼は小さく「起きなさい」と言って、その場を去って行った。何事もなかったかのように澄ました顔で教壇に向かっていき、机に教科書を置く。俺はじっと先生を見たが、彼がこちらを見ることはなかった。
俺は急いで黒板に書いてあることをノートに書き取る。落としてやる。絶対に落としてやる。文句を言わせずその線の細い身体をがむしゃらに抱いてやる。俺の欲望に気付いているのかいないのか、先生は涼しい顔で窓の外を眺めていた。
「怖い怖い、どうしたの、遼一」
急に覗き込まれて、びっくりして俺は肩を揺らした。
「何だ、巧か」
「何だ、はないっしょ」
目の前の席に腰を掛けて、巧はにやにやと笑った。
「……何だよ」
「おまえさ、古文の渡辺センセーを落とすつもり?」
「はあ?」
訳が分からず、俺は首を捻った。
「何で? 俺が?」
「そうそう」
古文の渡辺先生は、二十代中盤だろう。かなりくびれのある体型で、男子生徒が彼女を見る目はいつも熱い。そこそこの容姿にあの身体。確かに狙うヤツは多いに決まってる。だが巧は大きな勘違いをしていた。落とすは落とすにしても相手が違う。それを言う気はなかったが。
「おまえ古文苦手じゃん。今回頑張ってるのってそれじゃないかってバスケ部でのもっぱらの噂ですよ」
「やめてくれよ」
そりゃ渡辺先生はいい女だ。だがそういう目で見ていたのはもう大分前のこと。今はもう違う。
「え、違うんだ。じゃ何でかねー?」
「理由はこの間言ったろ?」
「まぁ、そうなんだけどさ。あ、野村先生、女子に囲まれてる。羨ましいねぇ」
巧の視線の先を見る。女子たちに囲まれて教科書を開いている先生がいた。そういえば言ってたな。数学のことなら何でも教える、と。頬杖をついて先生の横顔を見る。穏やかに愛想を振り撒く。なんだか気にくわない。
「野村先生さぁ、女子どもが狙ってるよなー」
「へぇ」
「あれだけ綺麗な顔してたらさ、ちょっと変な気になるよな」
「……変な気って?」
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