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第28話
先生は目を丸くして俺を見つめている。そればっかり言ってるから、もしかして身体目当てだと思われた? でも好きな人を一刻も早く抱きたいって思うのは当たり前のことじゃないのだろうか?
「……お風呂は一緒に入らないし、しないよ」
「……はぁ? 冗談だよな?」
「……ホント」
先生が嘘か本当かわからないいたずらっぽい笑みを零していたので、俺はとりあえずその話題は止めた。先生は俺のことどう思ってるんだろう。俺に早く抱かれたいとか思わないんだろうか。俺がむりやり約束させて付き合って、むりやり旅行に連れ出した? いや、そうではないと思うけれど。俺は差し出したガイドブックを取って、楽しそうに眺めている先生の横顔をじっと眺めていた。
「彫刻?」
「絵もあるみたいだけど、少し」
二人で大きな庭園を歩き始める。人も結構いて、見渡す限りの自然と多くの彫刻に先生は驚いているようだった。
「野外美術館なんだ」
「日本でここだけみたい」
ひとつずつ先生は立ち止まってタイトルを見て、彫刻を見ては首を捻っている。俺はその仕草がおかしくて笑った。
「何で笑う」
「いや、多分一番裕貴さんから遠いものだよね」
「何が」
「美術」
先生と二人、のんびりと歩きながら話しをする。何て贅沢なのだろうか。自然に囲まれて二人。俺は上機嫌だった。
「そうでもないと思う」
「そう?」
「数式を見ると美しいと思う。ひとつの芸術じゃないかと」
「……そうなの?」
「確かに美術とは遠いところもある。特にこういう現代美術だと私には残念ながらよく意味がわからないから。掴みどころがないというのか。手応えのある数字の方が好きだね」
「そうなんだ」
「藤田は? 好きな画家とか、いるの?」
絶対ないと思ってる。実際にないけど。俺はもったいぶって先生を見た。
「どうでしょう」
「藤田は現代美術とか好きそうだけど。例えばあれ」
「……あれ?」
芝生に人が倒れている……のかと思った。黒い人の形の塊が倒れている。俺はがっくりした。
「何だよ……あれかよ。せめてピカソとか言えないの」
「ピカソの絵が好きなのか?」
「宇宙人に地球の人類について簡潔に説明しろって言われたら、俺はゲルニカを見せる」
「へぇ」
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