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第32話
途中で軽い食事をしてピカソの絵や彫刻を見た後、俺達は遅くなってしまい宿に電話を入れ、着いたらすぐに食事を摂れるように変更をした。秋の日はすぐに落ち、俺達が宿に着く頃にはもう真っ暗になっていた。駅からすぐの入り口の小さな木でできた門の両隣りにはぼんやりとした灯りがあり細い道を入っていくと大きな玄関があった。入るとロビーの大きさにびっくりして俺は高い天井を見上げた。
「私は手続きをしてくるから。藤田は座ってて」
「うん」
先生と俺のバッグを持ち、ふかふかの慣れないソファに座る。先生は慣れたように手続きをしていて、そんなものなのだろうか? と考えてしまう。先生とは出張がそんなにある職業じゃないと俺は思ってた。ということは誰かと泊まりに行った時。そう考えて、俺は首を振る。先生の言っていることを全然信じていない。何かダメだな。独占欲が強いのか、先生が誰かと、そういうことを考えるだけで胸の中にどす黒いシミが広がるのを感じる。先生は嘘をつくのが苦手そうな人だから問い詰めればわかるが、そんなことをしてせっかくの楽しい空気に水を差したくない。戻ってきた先生が妙に沈んだ顔をしているので俺は尋ねた。
「裕貴さん? どうした?」
「うん。……まぁ、行こうか」
部屋は本館の1304とのことだった。キーカードを持った先生が荷物を取ろうとするが、俺はそれを拒否して反対側に持つ。
「私は女じゃないんだから」
「旅行代出してもらってるんだから、荷物持ちくらいさせてよ」
「……ありがとう」
「で? どうしたの?」
エレベーターを待つ間、俺はさっきのことについて、もう一度尋ねた。
「いや、……宿泊カードってのがあるんだ」
「へぇ?」
「それで私の名前とか住所とか、そんなのを書いた後に……同行者の名前を書くところがあって」
「うん」
え? 当然、俺の名前を書いたんだろ? と思って、俺は先生を覗き込んだ。先生は少し頬を赤らめていた。
「……君の名前を書いてしまった。……すまない」
「何で」
エレベーターの中で二人きりになって、俺は先生の髪に軽くキスをしながら三階のボタンを押した。音もなくドアが閉まっていく。
「恋人同士なんだから、当たり前じゃん」
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