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第33話

「……でも」 「誰かに見られるものなの? それ」 「……多分、忘れ物をしたとか、そういうことじゃないと使われないと思う。個人情報だから」 「じゃ、いいじゃん。俺、怒ってないでしょ? 困ってもいないし。逆に誰か違う人の名前とか書いたら怒るけど」 「……うん」  前を向いている先生がどんな顔をしているかわからなかったけど、ほっとしているだろうことは感じられた。部屋に入って小さな三和土を上がり襖を開けると十畳間があって、大きめの和風座卓と座椅子が対面に二つある。向こうには広縁があって、小さなテーブルと二つの籐の椅子が置かれていた。明るくて清潔感のある部屋で、俺は荷物を一旦置くと先生を抱き寄せた。 「……何?」 「キスしたい」 「もうすぐ夕食だよ?」 「いいから」 「それよりうがいしなさい。風邪を引いては困る」  あくまでも大人な対応に俺は笑いが堪えらえない。はいはい、と頷くと広縁の端にある洗面所で手洗いとうがいをした。続けて先生も同じことをしているので、俺はカーテンを開けて外を見た。外気が冷えてきたのだろう。窓が白くなっていて、そっと手でそれを拭くと向こうに黒くなった山々が見えた。 「このままで食事に行こう。その後、お風呂に入りなさい」 「……うん」  入りなさい? 入ろう、じゃないのか? そういえば昼間、一緒に入らない、とか言っていたけど、あれ、冗談だよな。 朝、夕食はレストランで時間制に摂るらしく、俺達は貴重品を持って部屋を出る。先生が腕時計を見ていた。何人かの家族やカップルがいたので口にはしなかったが、もうみんな一風呂浴びてきたのだろう。全員浴衣姿だった。俺だって先生の浴衣姿が見たい。目で訴えてみるが先生はまるで他人の振りで俺の方を一度も見なかった。

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