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第34話

 薄暗い店内の中、能舞台が見える二人席に案内された。浴衣でこの席は寒いだろうな、と思った。暖房は効いているが、じわりと外の寒さが伝わってくる。雪洞の灯りに照らされた舞台は綺麗で、ここで能を舞うことはないのだろうが幻想的な感じがした。テーブルの上にはたくさんの食事が乗っており、俺は大丈夫だが先生は食べられるのだろうか、というような量だった。一通り説明されて、鍋の下に火が点けられた。飲み物を聞かれて俺は炭酸飲料、先生は烏龍茶を頼んだ。窓際に一列になっている席なので、横に誰もいないから割と突っ込んだ話もできるな、と俺は思った。 「飲めばいいのに」 「アルコール? 好きじゃないんだ。先生方との飲み会でも最初に一杯ビールをもらうだけ」 「裕貴さん、飲めないんだ」 「……好きじゃない」  飲めないのではないようだった。身体を持て余して椅子に座っている俺と違って、先生は背筋が伸びて綺麗に座っていて、箸の持ち方も綺麗だった。食事を綺麗に食べる人を見るのは好きだ。それだけで好感が持てる。 「……何?」 「いや、別に。裕貴さんさ、生まれはどこ?」  急に先生の表情が曇る。過去には触れてほしくないということだろうか。それなら俺も立ち入るのは止めよう。 「それにしてもすごい量だよね。裕貴さん、食べられる?」 「食べられる……と思う。意外と食べるほうかもしれない」 「え、痩せの大食いってヤツ? 信じられない」 「……食事を残せない、というのが正しいのかもしれない」 「育ちがいいんだな。裕貴さんってそんな感じだしな」  また先生の顔色が悪くなる。出身地、家族のこともNG? いろいろとありそうな人だな。でも人間誰でも探られたくない部分ってあるものだと思うし、逆に無い俺のほうみたいなのが珍しいんだと思う。  飲み物を持ってきてもらって、二人で軽く乾杯した。 「……何に乾杯なのかな?」 「君の試合と試験の結果に、かな?」 「俺は裕貴さんと恋人になれたことかな」  二人で顔を見合わせて笑ってしまう。 「俺得ばっかりじゃん!」  食事をどんどん進めていく俺を何ともいえない目で見つめてくる先生が愛しくて、絶対に今夜、手を出してしまうような気がする。

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