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第41話

 二人で大浴場に向かう途中、先生はふいにあるものを見付けて俺に声を掛けてきた。 「藤田。これ、貸切じゃない?」 「あ。そんなこと言ってたっけな。灯りがついていなければ自由に入れるって」  先生が俺の腕を引いた。 「一緒に入ろうか」 「え……」  びっくりして先生の腕に引かれるまま階段を上がっていく。貸切は三つあり、ちょうど一番上の風呂が空いていた。先生と二人。あんなことがあった後だから、さすがに何かする気にはなれなかったが、いきなりの状況に俺は焦る。先生は先に浴衣をさっと脱いで、俺はそれをなるべく見ないようにして鍵を掛けて脱衣場に入った。 「待ってるから、早くおいで」  そう言うと先生は中に入ってしまった。ちょうど隣りの脱衣場にもカップルがいるようで、すでに悩ましげな声になっている。俺は大きくため息をつきながら浴衣を脱いだ。先生が湯をかぶっている音が聞こえる。何だろう。この落差は。あんなに身体を見せたくなくて頑なに拒んでいた人が、見てしまった途端、こんなにあけすけ。もう見られてしまったことで肩の荷が下りたというか。それは何だか嫌な予感しかしなかった。 「入るよ」 「うん」  中に入ると檜の長細い浴槽に背を向けて入っている先生の姿がぼんやりと見えた。灯りが薄暗く、この状態だと傷はおぼろげにしか見えない。俺も入って湯をかぶるとどうしようかと考える前に先生が前に身体を寄せた。 「後ろ後ろ」 「……だね。これ俺が入るときつそう」  俺は入ると縁に背を寄せて足を開いた。すると先生が胸に背を預けてきた。こうすれば傷は見えない。先生の髪からいい香りがする。そっと抱き締めたが、先生は嫌がらなかった。首筋に唇を寄せる。押し付けても、何も言わない。だが、それ以上、何もできない。また先生が変になってしまうのではないかと思うと何もできない。先生は大きく深呼吸をしながら湯を肩に掛けている。その艶やかな仕草が今の俺には痛い。 「裕貴さん。聞いていい?」 「ダメ」 「じゃ、ひとつだけ。まだ傷は痛む?」 「…………?」  先生は「痛い」と言って苦しそうだった。だがよく覚えていないのか、痛くない、というだけでまた会話が途切れた。その時だった。

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