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第51話

「……深沢さんとは……たまに……」 「深沢? そいつと、たまに?」 「……寝てる」 「何で!」 「藤田、声を低めて」 「俺と付き合う時、何て約束をした!」  先生は俺の側に歩いてきて、思いつめた顔で跪いた。膝に置いた拳が震えている。俺はかなりひどい形相だったに違いない。怒り、嫉妬、失望、さまざまな感情が込み上げてきて、本当だったら殴りたい気分だった。だが理由があるのならそれを聞かなければならない。それまでは俺は何もする気はなかった。 「……誰とも……浮気をしてはいけないと」 「そうだよな、覚えてはいたんだ。じゃなぜ? その人と寝たの? 何かヤクザっぽい人だって聞いたけど、もしかして脅されてるか何かしてるの?」  更にか細い声になる。先生はただ項垂れて、俺の質問に答え続けた。もう嘘は付けないと察したのだろう。 「……違う……」 「何? 裕貴さんから誘ってるの?」 「…………」 「答えろ!」 「……そうなる……」  俺はため息をついた。息をすることも忘れそうになっていた。何だ、これは。俺と寝るのを死ぬほど嫌がっておいて。簡単に他の男に身体は許すのか。気持ちが悪い。そう言ってしまいたかったが、なぜかそれは言えなかった。 「どうして」 「藤田、私は……」 「いいから。どうしてそいつと寝るのか教えろ」  片膝をついて先生の顎を強く押し上げると、苦しそうな喘ぎが漏れた。喉が何度も上下する。俺と視線を合わせないようにして、先生は震える唇を開いた。 「君に……わかってもらえるか……」 「何が」 「苦しいんだ」  先生の目尻から涙がすーっと流れ落ちた。 「君を好きになればなるほど、苦しいんだ」 「は? だから他の男に抱かれる? ふざけんな!」  頬を叩きたいのを堪えて、俺は顎から乱暴に手を離した。その拍子に爪が引っ掛かって、先生の唇の端から血が滲む。だが謝る気は毛頭なかった。俺が触れたところすべてにその男が触っているなんて。吐き気がする。 「裕貴さんの過去は気にしない。けど約束は約束だろ。バレなきゃいいと思ったか? 黙って続けていたのか?」 「ごめんなさい……許して……お願いだから……」 「何を許すっていうんだ! これからも俺に内緒でそいつと寝るのか! なぁ!」

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