53 / 110
第53話
巧の教えてくれた地図をスクリーンショットで撮り、それを見ながら俺は歌舞伎町に制服のまま乗り込んだ。夕方だからまだこの姿でいても遊んでいるだけだと思われるだろう。だが教えてくれた店は入り組んだ道の中を進み、さすがに不穏な空気を放っていて気が重くなった。このようなところに先生の知り合いがいるとは到底思えなかったが、その店は確かにあって、俺はドアを開けるのを躊躇っていた。小さな店が並ぶ横丁でクラシックな暗い茶のドアは浮いて見えた。俺は大きく息をひとつ吐くとゆっくりと中に入っていく。
「すみません」
「何だ? まだ店はやってない……」
顔を上げて、その人はびっくりしたように俺を見た。
「高校生、だよな」
煙草を一旦置き、カウンター越しに男は俺をまじまじと見つめる。小さな店だが掃除が行き届いているのか薄暗くても嫌な感じはない。俺は男の前に行って頭を下げた。
「話があって」
「俺に?」
「野村裕貴さんのことについて」
一瞬、仄暗い光が瞳の中で揺れたようだった。紫煙が立ち上る向こうで彼は手元で何かをしていた。オレンジ色の液体が入ったグラスを俺の前に置く。
「まぁ、座れよ。短い話でもないだろう」
俺は鞄を隣りのスツールに置くと彼の目の前に座った。黒豹みたいな男。第一印象はそれだった。ガタイは俺よりもいい。艶のある黒髪、涼やかなキレのある目元。薄い唇。白いシャツと黒いパンツがよく似合う。何を考えているのかわからない静かな笑みを浮かべて、彼はグラスを指さした。
「オレンジジュース。酒は入ってないよ」
「……どうも」
先生より歳は上。三十代後半といったところだろうか。あの先生を堂々と公衆の面前で横抱きにしていたという、逞しい腕にどうしても目が行く。
「裕貴の生徒さん?」
「はい、藤田遼一といいます」
裕貴。呼び捨て。そんなに浅い関係ではないようだ。煙草を片手に腕を組み、後ろの棚へと寄りかかる。
「あれ、見ちゃった? 裕貴をお姫さま抱っこしたの。その件?」
面白そうに白い歯を見せて無邪気に笑う。俺はカウンターの下で拳を握りしめていた。
「俺の友人がたまたま。歌舞伎町でなくとも目立ちますよ」
「君、裕貴の何?」
ともだちにシェアしよう!