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第54話
正直に言っていいのだろうか。先生の仕事に差し支えはないだろうか。そんなことを考えていると彼は笑った。
「ああ、大丈夫。俺、裕貴の不利になるようなこと言わないから。裕貴は大事な人だしね」
「……大事な……?」
「心配ならこれ渡しとくよ」
一枚の名刺を目の前に差し出される。バーとこの人の名前だろう。深沢賢史。オーナーか。
「ふかさわ、さとし。ここに来れば夜はだいたいいるよ」
「深沢さんは、なぜあの日は先生と……」
「ストップ。俺の質問に答えてない。君は、裕貴の何?」
先生から俺のことは何も聞いていないのだろうか。俺のことに興味深々、というところだ。
「先生の、恋人です」
「マジで! それはびっくりした! そうかぁ、裕貴の相手って、君ね」
煙草を揉み消すと彼は本当にびっくりしたように目を見張った。俺はというと目の前の大人にまったく勝てるところがないということに落ち込んでいた。先生はこの人になら何でも言えるのだろうか。この人にすべてを話しているのだろうか。そして、身体をいつも許しているのだろうか。そんな聞きたいことがぐるぐると頭の中を巡って、正直気分が悪かった。
ひとしきり笑った後、彼は腕組みをしたまま俯いた。
「さて。何をどこまで話していいのやら。まったく俺にはわからないな」
「歌舞伎町で……」
「あの子は突然具合が悪くなることがあってね、失神することもあるんだ」
「……まぁ」
失神。俺との時は、傷を見たことだった。
「傷を見ました。その時に」
「あれ? もうそこまで行っちゃってるの?」
深沢さんは驚いたように顔を上げた。低音の声が俺をからかうように踊る。
「でもセックスはしてないんだろう?」
ズバリ言い当てられて、俺は視線を少し逸らした。この男の視線は人を底から値踏みするような、冷たいものだった。
「裕貴は俺としか寝ないから」
「……どういう……」
「そのまま。裕貴と会ったのはちょうどこっちに赴任してきてからだから……一年半くらいか。ずっとあの子は俺とセックスしてるよ。安心だろう。ゆきずりとかより」
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