55 / 110
第55話
俺と付き合いながら。この人と寝ていたというのか。俺は目の前が真っ暗になった。あの先生が。そんな人にはとても見えなかったのに。本当だったんだ。でも約束を破るなんて。そんな葛藤を読み取ったかのように、彼は優しく言った。
「俺は裕貴のすべてを知ってる。あの子はあの子で苦しんでいるんだよ。それはわかってやってよ」
「先生の……すべて」
「全部。どうしてあんな傷があるのか、どうして俺を求めるのか、どうして人に心を開けないのか。どうして、恋人の君を最後まで受け止められないのか」
聞きたい。けれどこの男から聞きたくはない。先生の口から直接聞きたい。けれど先生は逃げるばかりで結局話してはくれない。この男もすべて話すことはないだろう。
「……あなたは……先生の何なんですか……?」
初めて笑みを無くした彼は少し考えて天井を仰いだ。
「……セフレ? 俺はそう思ってなくても、あの子にはそうなんだろうね」
彼は自分のシャツのボタンに手を掛けてひとつずつ外していく。すべて外してしまうとシャツを脱いだ。鍛えているのだろう、筋肉の隆起が美しい。彼はにやりと笑うと俺に背を向けた。
「…………!」
龍と獅子が絡み合っている刺青……だったようだ。鮮やかな色で彩られた背中一面の刺青の上に赤黒い太い筋が×の形で押されている。息を飲んだ俺に彼は正面を向いてカウンターに手をついた。
「これを見て驚かなかったのは、裕貴だけ。ぼんやりと眺めていたよ。そして、裕貴の全身の傷を見て初めて驚かなかったのが俺だそうだ。俺たちはそういう仲」
それはセフレなんかじゃない。先生もこの人のことを特別に想っているはずだった。そして、この人も……。
「初めて会った時ね、俺から声を掛けたんだよ。普通はそんなことしないんだけどね。尋常じゃなかった。苦しいから抱いてくれって、ひどくしていいからってね。……裕貴の心の闇をすべて受け止めるのに、君はまだ若すぎる。それだけは言っておくよ」
俺は先生の傷を見て驚いた。そのことに先生は傷ついていたのか。それはもう取り返しがつかないことなのか。そう思って黙り込んでいると急に背後のドアが開いた。
ともだちにシェアしよう!