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第58話
「ユリさん」
「何」
「ありがとうございます」
「は?」
「先生のこと、心配してくださって」
「してないよ」
顔に似合わずひどい言葉遣いの彼はそっぽを向いた。深沢さんがそんなユリさんを優しげに見つめている。二人はどんな関係なんだろう。きっと深く繋がっているんだろうな。そんな気がした。俺も先生とそうなりたい。本当に先生が好きだから。彼と一緒に生きていきたい。
「俺、やっぱり先生が好きです。彼と一緒に生きていきたい。だから、頑張ります」
深沢さんはふうっと息を吐くと、俺の前に差し出した名刺を取り、裏に何かを書き出した。
「ユリの携帯とメアドだ。何かあったら連絡しな。こいつは大学で心理学を専攻してる」
「何、勝手にやってんだよ!」
「ありがとうございます」
ユリさんが仕方なさそうに深沢さんに近付いた。
「ほら」
「何?」
「いつもの」
「はいはい」
深沢さんはユリさんの腰を引き寄せると強引にキスをした。俺はびっくりして立ち上がる。
「ん……」
何なんだ。この二人は。わけがわからず、とにかく財布を出そうとすると深沢さんが手を振った。
「未成年から金は取らねぇよ。じゃ、またな。ほら、ユリ」
「うん……」
深沢さんの首に両手を巻き付けて自分に引き寄せる。深沢さんも、ユリさんもまったくわからない人だった。何だか訳ありのようには見えるけれど、恋人同士、とかいう感じには見えなかった。
空は暗く、だが地上の灯りで明るく、俺は人通りの多くなってきた道を駅まで向かう。今まで異世界にいたようで、俺は思わず頭を振った。手元の名刺の裏を見る。ユリ、とは花の百合だったのか。
深沢さんの言葉が脳裏を過る。俺を好きだと言っておきながら、なぜ深沢さんと寝たりする? 俺は先生の中で恋人として認められていないのか? 確かに深沢さんに比べれば頼りないだろう。俺に負担になることはしないと自制しているのかもしれない。けれどこれは付き合っている俺に対しての裏切りだ。先生はそれを承知の上なのだろうか? だとしたら俺はどうすればいい。先生から聞いた「好き」は、確かなものだと思っていたのに。
俺は何度目かのため息をつく。愛する人から与えられた傷は例えようもなく痛み、またとてつもなく深かった。
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