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第59話
「裕貴さん、いる?」
朝。早めに学校に行き、数学資料室に向かった。ドアを開けると先生はもうすでに来ていて机に向かっていた。電気も点けずに、ひっそりとした背中が見えた。振り向いたその顔色は悪い。昨日もそうだったが、どこか具合が悪いのだろうか。俺があまりにも責めたから眠れなかったのか。
「会ってきたよ。深沢さんに」
「……知ってる」
「連絡取ったんだ」
ドアを締めると俺は先生の側に歩いていって目の前に立った。先生は床に視線を落としている。
「よく考えたんだけど」
「うん」
「今回は許す。……本当は許したくないけど、裕貴さんが好きだし、俺は別れるつもりはないから」
「……藤田」
俺は腕を組んで、先生を見下ろす。完全に立場が逆転してしまっている。今、主導権は俺にある。先生は何も言い返してこない。悪いことをしたと反省しているのか。俺と別れたくないのか。それとも何か他に考えがあるのか。
昨夜、俺はいろいろ考えたが、結局、先生を好きだから別れたくない。それなら今回のことは許すしかない、と仕方なく結論を出したのだ。深沢さんや百合さんの話から想像するに、先生には俺に知られたくないことがあって黙っている。それを今すぐに聞きたかったが、身体の傷を見せることさえ、あれだけ抵抗した人だ。心の傷など更に簡単に話すとは思えなかった。待つしかない。俺が辛抱するしかない。力尽くで乱暴に聞き出したとしても、それは俺達の先に取っていいことではない。時間を掛けよう。でもここでひとつ、先生には約束をしてほしかった。
「約束してほしいことがあるんだけど」
「……うん」
「もう二度と深沢さんと寝ないでほしいんだ」
先生は頷きたいが頷けない、何ともいえない微妙な表情で唇を歪ませた。
「深沢さんから話は聞いたんでしょ? 俺が、彼と百合さんからどんな話を聞かされたか」
先生は頷いた。
「とにかくまだ俺に話せてないことがたくさんあるんだよね。深沢さんには言えて、俺には言えないことが」
「……藤田」
「裕貴さんさ、深沢さんのこと、どう思ってるの?」
「……どうって……」
「深沢さんはさ、あなたは彼のことをセフレって思ってるって言ってた」
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