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第64話

「……わかんないです。もう気付いた時には好きになってたっていうか……。それを考えたことはあまりなくって」 「もっと食べなよ。イタリアン、ダメ?」 「あ、いえ。とてもおいしいです」  百合さんはかわいらしく「うん」と頷いた。笑うと可憐でとてもいい感じだ。いつも機嫌の悪い顔をしているから、とても損をしていると思う。もっと笑えばいいのに。俺はフォークで好きなものをつついた。 「そっか、それ、いいね。だって考えたって答えなんて出ないもの」 「……百合さんはなぜ、深沢さんなんですか?」  百合さんは艶やかな唇に人差し指を当てて、考える。 「……わかんない。気がついたら好きだったから」 「一緒ですね」 「でもいいじゃん。遼一は。僕達はもう終わってるし」 「……それって」 「あー。セックスしたいー」  俺はぎょっとして百合さんを見た。その顔に似合わない、その言葉。百合さんはにやりと俺を見て笑った。 「僕と、しない?」 「いや、しませんよ」 「僕、とってもいいと思うよ。練習にもなるじゃん」 「練習って……」 「裕貴さんをメロメロにさせるテク、身体で教えてあげるよ」  俺は炭酸水をぐいっと飲み干した。乾いた喉に痛みが走るくらい泡が強くて、俺はちょっとむせた。 「何か百合さんだと冗談になりません」 「だから、冗談じゃないって」  百合さんはテーブルに置いていた俺の左手に自分の手を重ねた。白い指。先生よりも細い。 「僕、遼一みたいなの、嫌いじゃないんだよね。むしろ好き」 「俺ですか?」  指の輪郭をなぞられる。授業中に先生に起こされたことを思い出す。 「めちゃくちゃにしてくれそうだしね」 「それ、テク無しって言われてるみたいです」 「違う。好きな人のことすごく欲しがるタイプでしょ」 「……深沢さんの代わりにはなりませんよ」  百合さんの一重の目がすっと細められた。   「……何か裕貴さんの気持ち、ちょっとわかる気がする」 「何ですか?」 「裕貴さんは煽って引く。遼一は飴とムチ」  よくわけのわからない言葉に俺は首を傾げた。 「何ですか? それ」 「裕貴さんは抱かれたいけど我慢する。遼一は離れそうで離れない」  百合さんの手が俺の手をぽんぽんと叩いて引いていった。 「ギリギリのところでの恋愛は互いを縛りやすくするんだよ」 「百合さん」 「わからなくっていいよ。今にわかるよ」  百合さんはまたグラスのワインを一飲みにした。 「でも、あまり裕貴さんを追いつめないであげてね」

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