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第69話
「裕貴さんだって逃げているばかりじゃ遼一に悪いと思わないの? 付き合うって言ったんだから! 腹括る時じゃない? どうしても自分からはって言うんなら、僕から、えっ?」
『とりあえず今日は帰って寝かせる! 俺は裕貴の部屋に泊まるから!』
百合さんが苦い顔をして電話を向かいのソファに乱暴に落とした。深沢さんがむりやり電話を切ったのだろう。向こう側に座って親指の爪を噛んでいる。
「アイツ、めっちゃムカつく……」
「……あの、気になってたんですけど」
「何?」
「お二人って……どういう関係なんですか?」
ずっと聞きたかったことを尋ねてみる。キスして、一緒に暮らしていて、なんとなく恋人同士に見えなくもなかった。だが百合さんの答えは想像を絶するものだった。
「あれ? 言わなかった? 兄弟だよ。兄弟」
「……兄弟? あの……義理のとか……」
「違う違う、本物の兄弟」
とても兄弟には見えない。いや、兄弟にしてはしていることが……。そんな思いが顔に表れていたのだろう。百合さんは膝を抱えて笑った。
「兄弟って知ったのは割と最近。親が離婚しててさ、兄がいるのは知ってたけどとっくの昔に別れてたし。会ったらさ、もう何度かヤっちゃったヤツじゃん! その時のお互いの顔っていったらさ、お笑いだよ、お笑い!」
百合さんの声が小さくなる。
「こんなこともあるんだなぁって……。僕、……結構好きになっちゃっててさ。あの人、僕に優しくしてくれてて。それなのにいきなり兄だって言われてもね。諦められなくてね、兄弟でもいいから恋人にしてって。頑張ったんだけどさ。賢史は無理だって。どんなに誘ってもお願いしてもキスまで。……サイテー」
「百合さん……」
「だから、裕貴さん嫌いなの。賢史のこと一人占めしてて、気持ちまで持っていっちゃって。僕のだったのに……」
ぽんと足を投げ出して、百合さんは身体を伸ばした。大きく伸びをして、深呼吸をする。まるで猫のような愛らしいその仕草に心惹かれない者がいるわけない。深沢さんだって、きっと百合さんのことを大事に想ってる。初めて会った時、深沢さんが百合さんを見つめる目はとても優しかった。それは先生を見る時のものと違う。
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