75 / 110

第75話

「……俺が悪かったんだ。いつも自分優先で。裕貴さんのことを思いやれなかった」 「私は君に何も言えなかった。言わなければ君は何もわかるはずがない。君を混乱させるだけの最低の人間だった」 「百合さんが心の病と言っていたけれど、それはそう?」  先生は静かに頷いた。 「教師が精神科に掛かるわけにはいかなかった。百合さんにはPTSDだと言われてる。些細なことで急に事故に遭った時の恐怖と痛みを感じる」 「俺が裕貴さんの身体を見てびっくりしたから、だよね。些細なことじゃなく、裕貴さんにとってはひどく衝撃だったんだ。だから俺とセックスすることを避けたんだね。……身体を見たら、俺はきっと驚くから……」 「びっくりしない方がおかしいよ。……当たり前の反応だからね。でも、その当たり前が、私を傷付ける。いや、勝手に私が傷つくんだよ」  また。あの時の感じ。身体の傷を見られて、ほっとしたように、あけすけになったあの夜と同じような目をした。 「私は……正直、君とセックスしないでよかったと思っている。早まらないでよかったと」  先生の憂いの晴れた、少し疲れた笑顔に俺は驚く。彼は俺を欲しがってくれているとばかり。先生は迷いに迷って、その結論に至ってしまったのか。それを覆すことはできないのか? 俺は頭が真っ白になった。 「……何で俺とはダメなの? 身体を見て驚いたから? あなたの気持ちを裏切ったから? それはもうあなたの中で許せないことなの? 完全な人間なんてどこにもいない。あなたのこと大事にする。絶対に大事にする。辛い時にもどんな時にも側にいる。あなたが望んだ時には必ず抱くから」 「それがダメなんだ。多分……好きな人とのセックスなど経験してしまったら……私は離れられなくなる。君がすでに大学からスカウトされていることは知っている。そんな大事な時に私がいたら、君の将来がすべてダメになる」 「離れられなくなる。それが本音なら、好きな人との将来を選んだらダメなの?」  間合いを詰める俺から先生は逃げる。最後には立ち上がって涙を零した。とても、触れられない状態だった。

ともだちにシェアしよう!