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第78話

 深沢さんが言っていたな。付き合うなら自分とのことを黙殺しろと。けれど俺はそんなことは嫌だ。店の奥まった場所で、俺達は声を低めて話していた。二人の重い雰囲気のせいか、いつもだったらやってくる他校の女子生徒たちも近付いてこない。 「このままバスケを続ければ、必ずおまえは有名になる。そしたらどうする? 付き合ってるのが男だってバレたら。日本はまだそこんところ寛容じゃない。叩かれておまえは潰される。先生は覚悟していたとしても、おまえにそんな目に遭ってほしくないんだよ。おまえ、真っ直ぐだし、……先生もそんなおまえだからつい応えてしまったんだろうけど、よくよく考えて毎日辛い想いをしていたと思う。おまえも苦しんでるけど、先生の苦しみはもっと辛いぞ? おまえの他に救いがないんだからな。そのたったひとつの救いを手放す気になってみろよ。……おまえより辛いんだと思う」 「巧、俺は……」 「おまえ、バスケ、捨てられるか?」  バスケを捨てる。考えたこともなかった。ずっと当たり前のようにそこにあったもの。それを捨てる。俺は額に手を当てた。 「俺はどっちも手に入れようとするおまえを欲張りとは思わない。できるかもしれない。だけど今回のことは冷静に考えて、どちらかひとつを選ぶべきだと思う」  巧は考えに考えて、その言葉を言ったと思う。 「俺はおまえにバスケを諦めてほしくない。それは先生の願いでもあるから」  どうして人を好きになっただけなのに、こんなに苦しまなくてはならないんだろう。なぜ先生は一緒に頑張ろうと言ってはくれないのだろう。俺と別れたがるのだろう。巧の言いたいことはよくわかる。だからこそ二人で一緒に支え合っていこうという選択肢が先生にはないのか。  先生の声がどうしても聞きたくて、俺は先生のスマホに掛けたけれど通じない。電源が落としてあるようだった。  そしてなぜか……俺は百合さんのスマホに掛けていた。コールはすぐに切れ、うっとうしげないつもの声が聞こえた。 「遼一? 今、店一人で忙しいんだけど」 「……深沢さんは?」  店内の客の笑い声が勘に障る。百合さんはしばらく沈黙していたが気だるげに吐き出した。

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