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第80話

「遼一!」  ペールブルーの柔らかそうなコートに身を包んだ百合さんが目の前に立っていた。腕時計を見る。三十分ほどしか経っていない。本当に客を追い出して飛んできてくれたのか。それにしても小さい人だな、と思う。多分言ったら怒ると思うので言わないが170もないんじゃないだろうか。眼帯姿はいつ見ても痛々しくて、俺は頭を下げる。 「突然すみません。……お店、申し訳ない……」 「いいって。賢史がいないと触ってくるから、僕、嫌なんだ」  一緒に歩き始める。百合さんは俺の顔を見上げ、口を尖らせて尋ねてくる。 「遼一ってさ、大きいよね。いくつ?」 「ああ、多分、190くらいだと思います」 「ふーん。いいなぁ。もう少し僕も身長欲しかったな」 「でもかわいらしいからいいじゃないですか」 「好きな人にかわいいって思ってもらえないなら凶暴なままでいいよ」  深沢さんとは相変わらずらしい。一緒に住んでいて苦しくならないのだろうか。 「……苦しくないですか」 「……賢史のこと? 苦しいよ。でも一緒にいないと、もっと苦しい」 「その……ダブルだったし……一緒に寝てるんですよね。かなり苦しくないですか?」 「ああ。勝手に乗って勝手にやってるよ? でも決して手を出してこないし、最後は拒まれる」  百合さんが深沢さんに圧し掛かっていろいろやっているところを想像して、何だか照れてしまう。 「遼一が照れるなよ。でも、僕、賢史としかやりたくないの。兄とわかった時には荒れて、いろんな男と寝たけどさ。今は完全に他の男と寝るのを止めてるし。いろんな意味で苦しいよ。ホント」  男同士で、血の繋がった兄弟で、一度は肌を重ねてしまっていて、そのような禁忌を犯しても、まだ何も始まっていないような俺達よりもドライな感じ。それってどうしてなんだろう。そう尋ねてみた。 「考えたって、もう仕方ない。ヤッちゃったことは取り返しがつかないし、そのことに対して後悔もないし。僕はやっぱり兄弟だとわかっても賢史が好きだし。仕方ないから」 「仕方ないから、明るくしてるんですか?」 「バカだね、それが大人ってものなの」

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