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第87話
深沢さんは珍しく動揺して俺を見た。本当に気付いていなかったようだ。百合さんは無理して演技して、深沢さんを騙していたようだ。深沢さんが誰と寝ようと、どんなに悔しくても辛くても淋しくても、一人で我慢していたようだ。深沢さんは俯いて、何とも切なげな表情をした。
「今日も裕貴さんのことを相談に行ったんです。まぁ……あの状況を見たら、俺が何かしてるように見えますけど」
「百合が……」
「あなたを責めるために言ったんじゃないです。ただ、百合さんはあなたのことを本当に想っているから、それだけ伝えたくて」
車中に沈黙が流れる。深沢さんはハンドルに手を掛けて前を見つめていた。百合さんを想う気持ちに変わりはないし、百合さんに対する態度も変えないだろう。互いにこんなに想っているのに結ばれない。そんな愛もあるのだと初めて知って、俺は裕貴さんの気持ちも少し理解できるような気がした。俺を想ってくれるからこそ、自分のことより俺のことを優先して別れることを選んだ。本意ではなくても、そうしなくてはならない恋があるというのは辛い。だが、それだけの恋愛に出会えた自分は幸せなのだと心から思う。先生を好きになってよかった。そしてこの恋が例え思い通りに行かなくても、最善を尽くそう。自分のために。先生のために。
「……深沢さん」
「ん?」
「……先生のところに連れて行ってくれませんか?」
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