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第101話

 しかも白のシャツに黒いタイトなジーンズを履いている先生は艶っぽくて、俺は当てられそうになる。先生はキッチンに入って湯を沸かし始める。 「インスタントのコーヒーしかないけど、それでいいか?」 「はい」  俺はリビングの中に入り、辺りを見回す。ローテーブルの横にある小さな黒いラックの中にバスケットボールの専門誌の名前が見えた。自惚れてしまうそうな俺はそれを見ないふりでソファに座らせてもらう。相変わらず物が少ない部屋だ。 「あまり見ないでくれ」  先生の柔らかな声が聞こえる。ああ、本当に久しぶりに聞く声。授業中、聞いているだけで嬉しかったあの声だ。 「それで、今日は結婚の報告に?」 「……何?」  先生は白いマグカップを俺の前に置いて、向かい側に座る。変わらない笑みを湛えて先生は俺にもう一度言った。 「結婚するんだろう?」  何を言ってるんだ? 俺は結婚なんてしない。先生は誤解しているようだった。 「いつも試合を見に来ている女性がいたことは知っているよ。この間は……」  先生はマグカップに口を付けた。 「……素敵な指輪をしていた。左の薬指に」 「……あれは」  もしかして、美幸のことを言っているのか? 確かに美幸は度々試合を見に来ていたし、送り迎えをしてくれたりもしていた。先生はそれを勘違いしているのだろうが、俺も先生に確かめておきたいことがあった。 「……裕貴さんも、お付き合いしている女性がいるそうですね」 「……私が?」 「深沢さんに聞きました。……いつから? 誰と?」 「……もしかして、東田先生のこと?」  しばらく考えて、俺は急にカッとしてしまった。俺が高校生だった頃、保健医だった東田先生か。男どもがみんな狙っていたあの女と。俺は唇を噛んだ。 「……転任した後も付き合ってたのかよ」 「……藤田?」 「俺が卒業した後から? 何年付き合ってんの?」 「違う」 「何が? 何が違うんだよ。……何、俺がいなくなったらすぐあの女と付き合ってるって……」 「藤田」 「……サイテーだよ」  先生は目を見開いて俺を見つめていた。手にしていたマグカップをテーブルに置いたが、手が震えていたようでカタカタと鳴った。手を組んで、先生はぐっと唇を噛みしめる。 「藤田。……別れるってそういうことだろう? 私たちは互いの将来のために別れた。君は頑張ってその成功を勝ち取り始めている。……私が先に進んだとしても……君に責められる謂れはない……」 「俺は! ……ずっと、ずっと俺達の未来のために歩いてきた。努力してきた。そんな……裕貴さんが俺のことを考えていなかったとしても……! ……そんな言い方するなよ……」  瞳が潤んで、先生の顔がぼやけそうになる。俺はいけない、と思って乗り出した身体を引いた。背もたれに全身を預け、大きく息をする。そうだ。俺がしたことは俺の勝手だ。先生に押し付けちゃいけない。先生が何を選ぼうと、それが俺にとって苦しい現実でも、先生の幸せがそれだと言うなら俺に言えることは何もない。  先生は立って俺の方に歩いてきた。俺の横に座るといきなりキスをしてきた。引き止めようとしたが、それは一瞬で離れる。ぬくもりはすぐに消えた。先生はふっと笑うと、俺の肩に手を置いた。

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