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第102話

「……私は君がいたから、今がある。そしてこれからがある。……本当にありがとう」 「……何……」 「私はずっと自分の存在の意味を考えていた。この世に必要ないものだとずっと思っていたんだよ。それを君が救ってくれた。別れた後も君は可能性を信じさせてくれた。こんな私でもまだ生きていていいんだと思えた。誰かに抱かれなくても。だから……ありがとう」  俺は照れたようにそう言う先生の手首をぐっと握った。少し痛そうな顔をしたが彼は黙っていた。 「もう、俺はいらないってことなんだな。……幸せになったんだな。裕貴さん」  俺はスーツのポケットから先生が作ってくれたネックレスを取り出した。ずっと身に付け、身に付けられない時はバッグに入れて持ち歩いていた。皮はくたくたになりガラスに少し傷は付いたが、今でもまだ綺麗だった。これを返す時だと思った。俺がどんなにこの人を好きでも、この人が必要とするのが俺じゃなくなった時、これを返そうと思っていた。先生の手に近付けたが、先生は手を開かない。手をどんなに開かせようとしても先生は開かなかった。 「……やめてくれ」  先生が首を振る。髪が乱れて頬に掛かった。 「そこまでしなくても……持っていてほしい」 「もう俺は持っていられない。……ごめん。俺は裕貴さんの幸せを祝福できない、どうしようもないヤツなんだよ」 「私は、返せない。ずっと持っていたい」  まだ持っていてくれたのか。あの桜のとんぼ玉のキーホルダー。嬉しかった。先生の温かな気持ちが。 「返さなくていい。でもいつかいらなくなった時は捨ててくれよ」  先生は俯いたまま、肩を震わせた。俺は手首を放し、立ち上がる。 「話は終わった。裕貴さん、幸せに」  誤解を解く必要はなくなった。俺は背を向けて歩き出した。 「……遼一!」 「……裕貴さん?」 「最後なら……一度だけ。一度でいいから、抱き締めてくれないか。……お願いだ」  先生の表情は見えなかった。両手をソファに付き、そう叫ぶように言った。 「……さよなら、裕貴さん」

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