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第104話
先生が歯を開けた瞬間、後頭部をぐっと押さえて舌を嬲る。激しく吸いながらその久しぶりの感触を楽しむ。変わらない。その甘さ。唇を離すと唾液がつっと二人の間を繋いだ。
「……ダメだよ、藤田」
「何で?」
「婚約者に……悪いじゃないか」
「あ、ああ」
先生の誤解を解かなくては。俺は先生の髪に顔を埋めた。
「あれは姉貴。結婚するのは本当だけど、俺はしない」
「……嘘……」
「嘘じゃないからここにいる。そうだろ?」
「……遼一……」
先生の声が俺の名前を呼ぶ。くぐもった声。俺の胸に顔を押し付けて、両手で俺の腕を必死に掴んでくる。かわいくて、どうしようもなく愛しくて、俺は耳たぶを吸った。
「……あ」
「あなたを迎えに来た。……遅くなってごめん」
「……え?」
「とりあえず、足手まといにはならないと思う。……裕貴さん、今度こそ。永遠に俺と付き合ってください」
「……遼一……」
「うん、って言ってくれないの?」
先生の耳が赤くなっているのを見逃さない。俺は、あなたと一緒に生きていくために努力した七年だったから、あなたにもそう言ってほしい。そう言葉を流し込むと、先生は微かに頷く。
「……わからないよ、それじゃ」
笑った俺に、先生はずっと顔を押し付けたまま、何度も頷く。
「……私も……ずっと、君と生きていきたいと思っていた。だから病院にも行ったし、……少しは成長した……と思う」
「俺も裕貴さんと一緒に生きていきたい。そのためだけに頑張ったよ。だからもう離れないでいようよ」
また何度も頷く先生の髪に口付ける。
「顔見せて? 裕貴」
「……ずっと……一緒にいてくれる?」
「裕貴」
「もう離れないって。……側にいてくれるって言って」
珍しい先生の執着の言葉に、彼を抱く腕の力が強くなる。
「約束するよ。一緒に生きていこう。これから、ずっと……」
「……遼一」
ふと顔を上げると、先生の顔は涙で濡れていた。俺はいつもこの人を泣かせてしまう。これからは喜びの涙だけを流してもらえるよう、もっともっと頑張ろう。この人は強くて、脆くて、きっと俺のことしか愛せない人だから。
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