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第2話
ゆたゆたとした規則的な揺れのなか、真翔は薄っすらと目を開けた。
誰かに負ぶられているらしい。
佐野と一緒に酒を飲んで、途中でひどく眠くなったところまでは覚えている。あれからたぶん寝てしまったのだと思う。これも記憶を失くしたうちに入るのだろうか。
自分がどこにいるのかも分からないけれど、まどろむ感覚が気持ちよくて、ついうとうとしてしまう。決して快適とは言えない揺れがふいに止まると、もどかしさすら感じた。
そうなると、今度は暑さが気になる。酒で血の巡りがよくなった自分の頬が熱を帯びているのか、頬をくっつけている背中が熱いのか、あるいはその両方か。
「重っ」
という佐野の声と共に、ごろんとベッドに転がされた。
ひんやりとしたシーツが肌に触れる。寝ころんだまま首を動かすと、サイドテーブルに埋め込まれたデジタル時計が深夜過ぎを知らせていた。その先には、真翔が横になっているのと同じ簡素なベッドがもうひとつ並んでいて、佐野がまとめて投げた鞄や上着が次々と積み上げられる。どうやら、ビジネスホテルに運びこまれたらしい。
「わははっ」
スプリングの効いたベッドが気持ちよくて、調子に乗って転がると、急に頭がくらくらする。
「うっ、気持ち悪い……」
「飲みすぎだろ」
イモムシみたいにうずくまる真翔に、佐野が水の入ったペットボトルを差し出した。受け取ろうと伸ばした手に力が入らなくて、ペットボトもベッドを転がった。
「まったく……この酔っ払いが」
「うーん」
転がったペットボトルを取ろうとベッドに乗り上げた男の手を、真翔は愉快な気持ちのまま引いた。すると、
「うわっ」
かくん、とバランスを崩して、真翔の上に男が倒れる。
そんなことすら可笑しくて、ゲラゲラと笑った。なんだか久しぶりに気分がいい。
その時だった。佐野の太ももが真翔の下半身に当たった。
「……おい」
少し驚いたような佐野の声で、真翔は自分が勃っていることに気づく。
「あー……」
我ながら間抜けな声が出た。
ここのところ、仕事が終わって帰れば彼女と連絡を取ったり、電話したりすることを第一に優先していたので、最近そういうことをおざなりにしていた。仕事の忙しさもあって、最後にいつしたのかすら覚えていない。
だからと言って、これは気を抜きすぎた。
「ごめん、ただの生理現象だから――」
「手伝おうか?」
放っておいて。そう続けるつもりだったのに、遮られてしまった。
いや、それよりも――
「えっと……?」
言葉の意味が脳へと到達できずにいると、男にあれよあれよという間にベルトが外され、スラックスと下着がまとめて下ろされてしまい、唖然とする。
「は?」
目に入る状況がうまく呑み込めないのに、纏っていた衣類を取り払われた下半身が外気に触れて、小さく震えた。そんな自分の中心を佐野が躊躇いもなく口に含んだのを目にした途端、一気に回線が脳を飛び越して脊髄に直結して、反射的にはがしにかかる。
「ちょ、ちょっと待ってっ」
「なんで」
喋った拍子に中心に歯が当たって、佐野の肩を掴んだ手が思わず固まった。
それに気づいたのか、佐野はふっと笑い、「大丈夫。噛みちぎったりしないから」と物騒なことを言うと、さらに深くまで咥え込んだ。
舌が絡みついて、丁寧に舐められる。
うわ、こんなこと彼女にもされたことないのに。思わず瞼を閉じたのがよくなかった。
視界が閉ざされたことで、中心へ与えられる感覚をつぶさに追ってしまう。
そんな焦りを知ってか知らずか、佐野の舌が絶妙な力加減で緩急をつけて吸い上げてくる。
「あっ……」
器用なことに吸い上げながら舌が裏筋を舐めていって、びくんと身体が跳ねる。それと同時に自然と漏れた自分の声に焦った。
「……普段から声が出る方?」
「違っ……」
とも言い切れずに口を引き結んだ。
声が出やすい自覚はあった。それこそ、数時間前に別れた彼女にも何度か指摘されたことがある。
「別にいいよ? ただ、俺が女の子だったらちょっと複雑な気持ちになるかなって思って。ただの好奇心で聞いただけだから、気にしないで出しなよ」
そう言われて出せるか。飄々としている男に言ってやりたかったけれど、這わされた舌に鈴口を抉られて、それどころじゃなくなる。
「うっ、あ……っ」
抑えようとしても、どうしても喉から漏れてしまって、無駄だと分かっていながら自分の手を押し込むようにして口を塞いだ。
その間にも、中心がどんどんと高まっていく。
「んんっ、あっ……!」
先端を吸い上げられて、自分のとは思えない嬌声が上がり、スプリングが効いたベッドの上で腰が揺れる。
「エロいね。こっちもそろそろ、出したいんじゃないの?」
「んっ……!」
言いながら双果を揉みしだかれ、真翔は頭を横に振る。
「いいよ、出して」
さっきから出せ出せって。そんな簡単に言わないでほしい。容赦なく根元まで深く咥えられて、背筋にぞくっと期待にも似た愉悦が走った。
「やっ、待って、離してっ……ああぁっ」
昇りつめる快楽に危機感を覚えて静止したが遅かった。咥え込んだまま上下されて強く吸い上げられるともうだめで、びくびくと腰を震わせながら精を出し切った。一気に全身から力が抜けて四肢を投げ出す。
最後まで搾り取るように真翔の中心の先からちゅっ、と音を立てて口を離すと、佐野は自分の唇を舐めとった。そして、真翔に覆いかぶさって、首元に顔をうずめてくる。
「もっと気持ちいいことしない?」
耳元で囁かれた甘やかな声に背筋がぞくっとし、その拍子に真っ白になっていた頭は勝手に頷いてしまっていた。
おもむろに佐野はベッドから降り、放り投げていた自分の鞄を漁り始める。
あ、もしもやばい薬とかだったらどうしよう。
名前しか知らない、今日出会った相手。
聞いた名前だって本名かどうかは怪しい。
快感を引き出されて上下していた胸が落ち着いてくるのと一緒に、クールダウンしてきた頭が一瞬にして覚醒した。がばっと起き上がるのと、佐野が振り返ったのはほぼ同時で、その手にしていたのは――
「ハンドクリーム?」
冬の間、しょっちゅうテレビのCMなんかで見かけた製品のチューブタイプのものだ。
よほど間の抜けた顔をしていたらしい。ベッドに真っ直ぐ戻って来た佐野は、チューブを絞りながら小さく笑った。
「ここ、慣らさないと」
「ぎゃあっ!」
クリームで薄くコーティングされた指が後孔に触れ、真翔は飛び退る。触れた、というか、ほんの指先だけだったものの、それは明確に忍び込もうとする意思を持っていた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「なに?」
全く躊躇のない自然さにのまれまいと、掛布団を引き上げ、慌てて下半身を男から隠す。
「なにって……俺、男なんだけど」
「分かってるけど? 今さっき抜いてあげたじゃん」
「いや、そうだけど、そうじゃなくて……」
間違いなく正しいのは自分だと思うのに、言葉にならなくてどんどんと自信がなくなっていく。そうでなくても、頭をよぎる質問をするには勇気がいった。
「……男が好きなの?」
「というか、男『も』いける」
「は?」
「今日別れたのも男だし」
その瞬間、真翔は固まった。心臓がバクバクと音を立てて、緊張しているのが分かる。
ああ、嫌だ。
「……じゃあ、女の子は?」
「そっちもいける」
ざわっと胸の中の空気が逆立つのを感じた気がした。
「どっちも……」
高められた身体から熱が下がっていく。
「……俺、そっちは興味ないから」
なんとか絞り出した声は情けなく掠れてしまった。些細な動揺ですら佐野には気づかれたくなくて、下がりそうになる視線を無理やりに上げる。
「だけど、気持ちいいことは好きだろ?」
「あっ」
また前を触られて、自分でも引くくらい艶やかな声が出てしまった。声が出やすい自覚はあったものの、ここまでだっただろうか。
「けど、そこなんて痛いだけだろ」
「やってみないと分からないだろ?」
「いや、実体験だから」
「使ったことあるんだ?」
意外、と顔に書いてある佐野を見て、言ってしまったことを後悔した。これまで、誰にも話したことがなかったのに。
引きつれるような感覚にぞわりとして、下半身に力が入る。
「む、無理」
「大丈夫だよ」
「あっ……!」
軽く握った中心をまるであやすように上下に扱かれ、再び芯を持ち始めた。その刺激に気を取られている間に、後孔へハンドクリームが継ぎ足され、くちくちと水音が聞こえてくる。
真翔が腰を引きそうになる度に、前への愛撫が加えられて逃げられない。
「んっ! やだっ」
前に気を取られている間に、後ろに入れる指を二本に増やされ、中を広げるように攪拌された。最初は違和感しかなかったそこが、ぬかるんで広がっていくのを感じたのは真翔だけではなく、佐野がもう一本指を入れてくる。
「あっ、も、もう、やだぁ……」
「うん、もうちょっと待って」
ばらばらと中で動いていた指たちが、今度は窺うように何度か腹に向かって圧し上げられた、その時――
「んっ――あ!」
電極でも繋がっているのか、と思うくらいに強烈な官能が駆け抜けた。
「見つけた」
「やっ、ああっ」
思わず首を横に振る。
「嫌? 本当に? ここ、もうとろとろになってるけど?」
「あっ……!」
中に入っている指を広げられて、嫌でも空間を意識させられた。佐野は見つけた場所を確かめるように指で擦ってきて、その度に腰が勝手に跳ねてしまう。
そうして何度もそこを圧されて、擦り上げられて、いつの間にかまた真翔の中心は勃ち上がっていた。先端から先走りが垂れ、佐野の指が差し込まれている後孔にまで届いている。
「もう無理。入れさせて」
「え……っ」
ずる、と指が引き抜かれて、一気に喪失感を覚えた。そこに何かが入っているのが当然と主張するように真翔の意思と関係なく後孔がひくんと戦慄く。もう、自分の身体じゃないみたいだ。
「えっ、ま、待って……!」
両足を抱え上げられて慌てて身を起こそうとしたけれど、ただ首が持ち上がっただけだった。
孔にあてがわれた佐野の中心の熱と、その質量がじりじりと中へと侵入してくる。
入ってくるに従って、苦しさがある。この感覚を、真翔は知っていた。だけど、違う。
「痛い?」
腰を進めながら様子を窺ってくる佐野に、真翔は小さく首を横に振った。
「なんで……?」
セックスなんて、痛いだけなのに。
「痛くするのは趣味じゃないから」
真翔の呟きに、佐野は律儀に返事をしてくる。佐野に言ったわけではなかったのだけど、それを伝える余裕はない。
「んっ……!」
一番太い部分が通ると、一気に佐野のものが真翔の中に入り、抱えられた自分の足が痙攣するのが目に入った。
「動くよ?」
「……っ」
ずん、と中を突かれて、呼吸が漏れて口がぱくぱくと勝手に動く。
「ああっ……!」
しばらく慣らすよう抽挿していた佐野の中心が、さっきの場所を抉るように擦り上げていく。開かれた足の間からは佐野の動きに合わせて水音が響き、全身が性感を追っていくような感覚に陥る。
すると、硬直した性器が真翔の中でさらに大きく膨らんだ。
「……はっ、ごめん、出させて」
「あっ、あっ……!」
射精したのは、二人ともほぼ同時だった。中に注がれた迸りの熱を感じながら、真翔の意識は断ち切られるように眠りに落ちた。
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