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4.スラム街の闇医者と落ちてきた片翼の天使の日常①

 とある世界のとあるスラム街での事である。闇取引や人身売買などが横行しているその街の、親のいない子供たちが集まるちょっとした空き地に、『天使』は空から降ってきた。美しいその天使は名を『エルメール』と言い、スラム街の子供達に助けられ、『ヤクモ・スガワラ』が営んでいる診療所に連れていかれ、成り行きでヤクモとセックスをし、そうして天界に帰るまでの間、ヤクモの助手として、ヤクモの診療所でこき使われることとなったのであった。 「つうかお前、何で片翼なんだ?」 「は?」 「『は?』じゃねえ。いっちょ前に神から寵愛されてただろう天使が、片翼だなんておかしいだろ」 「なぜ、そのようなことを聞くのですか」 「なぜって……お前が胡散臭いからだよ」 「胡散臭いとは、相変わらず無礼な人間ですね!」  ヤクモに言われて洗濯物を畳んでいたエルメールは、ぷんぷんと怒ってはそれらをクローゼットにしまいに、ヤクモの前から立ち去った。 (なんだ、聞かない方が良いことだったのか?)  と、ヤクモも思うが別に、あの世間知らずな割りに所帯じみている天使に、気を遣うこともあるまい。ヤクモは知らない。それは、自身が片翼である事は、エルメール自身にも不可解なことであること。エルメールも、天界で神の世話をしていたから家事くらいはお手の物だが、それよりも、ふと考える。 (僕の片翼、一体どうしてしまっ……)  と、考えかけて思考が止まる。エルメールはハンガーに、ヤクモのロック趣味な服をかけていた状態でフリーズして、暫くそのまま目の色を消し、虚無の中にその身を委ねていた。表の方、診療室から『おいエル! 出かけるぞ!!』とヤクモの声がするとハッとフリーズが溶けて、自分が何を考えようとしていたかを忘れてヤクモに『今行きます!』と声を返した。洗濯ってのは、人間に命令されるのは癪だけれど、気持ちが良いものだ。そう思って鼻歌を歌いながら、エルメールはヤクモの元へ向かう。 *** 「ばあさん、こいつに服を見立ててやってくれ。上等なものじゃなくて良い」 「おや、綺麗なお姉ちゃんだねヤクモ。アンタの新しい女かい?」 「こいつは女じゃねぇ、男だ。んで、俺の新しい助手」 「どうも、お綺麗な小母さまですね」 「あらやだこんなばあさんに! 男の子だったのねぇ、綺麗なこ」  いつも通り白衣を着たヤクモに連れられて、スラム街の住人達にジロジロと物珍しげに眺められながら、エルメールは衣料品を扱う初老女性の店へと赴いた。ヤクモに対しては『無礼な!』だとか『人間の癖に!』だとか、口の悪いエルメールの外面の良さに呆れながらも、今はヤクモの真っ黒い私服を借りて(サイズは大体同じくらいなのだ)似合わないそれを身に纏っている美しい金髪のエルメールを、女性の前にぐいっと差し出す。 「こーんな綺麗な子に、似合う服なんかあったかねぇ」 「俺の服よりこの街に馴染むものなら、何でも良いぜ」 「ヤクモ、あんたこの街で、自分が浮いてることに気付いてたのかい?」 「うるせぇ、口のへらねーばばあだな」 「ふふ、ヤクモと小母さまは、仲良しなんですね」  柔らかく微笑むと本当に、天使のようだ。ヤクモは思う(本当に、天使なのだが)。いつもぷりぷりエルメールを怒らせているのは自分だが、いつもそうしていれば俺だって怒らせはしない、と矛盾したことを考えているうちに『これにそれ、これなんかどうだい』と、馴染みの女性が小ざっぱりした白シャツに、綿の薄茶ズボン、エルメールの長い髪を纏めるためのスカーフを引っ張りだしたから、良く見もせずにそれらを受け取る。 「……随分質素な、」 「うるせえな、この街では充分すぎるくらいだ。ばあさん、サンキューな、これお代」  唇を尖らせて文句を言いかけたエルメールに言葉を重ねて、女性に小袋にはいった銅貨を数十枚投げ渡すヤクモ。女性は『あらまあ、こんなに?』と驚いた様子だったが、ヤクモはこの辺りで幅をきかせている闇医者だ。羽振りがいいのはいつもの事。驚いた一瞬後には手を振って『ありがとね、ヤクモ』と人懐っこく女性は笑って、足早に診療室へと戻っていくヤクモとエルメールを見送った。 ***  エルメールが服を着替えて髪の毛を纏め(これはヤクモがやってやった)、その身なりを整えて全身鏡の前で自身の姿をくるりと回転しながら確認しているところに『ヤクモ先生ー』といつもの騒がしい、子供たちの声が聞こえてきた。子供たちは何の遠慮もなく診療室に無断で入ってきては、ヤクモを見、エルメールを見るとキラキラと目を輝かせた。 「先生、お姉ちゃん! やっぱり先生、この人のこと治してくれたんだね!!」 「うるせえな。大体コイツ、『お姉ちゃん』じゃなくて『お兄ちゃん』だっつうの」 「ええっ男の人だったの!!?」 「こんにちは、キミ達が僕を、ヤクモの所まで運んでくれたのかな?」  膝に手を付き目線を合わせ、流石の天使たる笑顔を子供たちに向けると、子供達はぽうっとして頬を染めて、それから黙ってコクコクと思いっきり首を縦に振る。するとエルメールが『ふふ』と笑って子供たち三人の、頭を順番に撫でていく。 「ありがとう、君達はいい子なんですね。本当に助かりました、僕の名前はエルメールと言います」 「!! エルメール……じゃあ、エル兄だね!」 「はい、お好きに呼んでください?」 「……チッ」  やはりやはり、外面の良いエルメールに、ヤクモだけが舌打ちをする。大体にしてヤクモだけ、最初から呼び捨てだっただろう。不躾な態度だっただろう(それはヤクモが初対面のエルメールに対して、得体の知れない粉薬を口に突っ込んだり、お尻に座薬を突っ込んだり、果てには無理矢理セックスにまで持ち込んで『ヤクモ』と呼べ、と命令したからなのだが……)。ヤクモは無邪気な子供達を見て、溜息をついて肩を鳴らしながら問う。 「んで、今日は何の用だガキ共」 「うん、先生、俺たち腹減ったの! なんか作って!?」 「まーた物乞いかよ……はぁ、仕方ねえ。今日からお前らの飯は、エルが作る。エル、台所に適当な野菜と米があるから、なんか作ってやれ」 「は、僕がですか? なんで僕が……」 「口答えすんな! 売り飛ばされてーのか、さっさとしろ!!」 「ぐっ……仕方ありません。お兄ちゃんが、いまご飯を作ってあげますからね、待っててください?」 「「「はーい!」」」  と、返事をしたがその中で、やっぱり割りかし賢い子供が心の中で(『売り飛ばす』……?)とヤクモの言葉に疑問を感じていたが、やはり口には出さない。そしてこうして、ヤクモの元へご飯を乞いにくることは、子供たちの中では常識的日常なのであった。エルメールも、米を鍋で焦がしながら考える。あの男、子供たちにこうしていつも、食事を振舞っているのか? 案外良い人間なのかも知れない、と。考えているうち焦げ臭い匂いに気がついたヤクモが『てめー何ぼうっとしてやがる! 俺の診療室を燃やす気か!!』と、キッチンに怒鳴り込んでくるのも時間の問題である。

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