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第4話

叶音が家路に着くと、リビングの明かりは 今夜も煌々と灯されていた。 まだ玄関で靴を脱いでいる叶音まで、テレビの音がよく聞こえる。 愛音は今夜も家に居る。 「ただいま」 リビングまで進み愛音の姿を探しながら言う叶音の声は、このデカイテレビの音に隠された。 ネクタイを抜き、スーツの上とカバンを一人掛けのソファーに置いた叶音は、テレビの音を一気に下げて愛音に目をやる。 「兄貴ー…」 叶音はもう一度声をかけた。しかし視線の先の愛音はクッションを抱きしめ、三人掛けソファーの背に顔を埋めて、今にも挟まりそうに眠って起きない。 「…」 ため息を吐き辺りを見回すと、キッチンのガス台には鍋が上を向いている。晩飯は用意してくれてるようだと、叶音は安心した。 昼休みは結局、弁当を買いに出る暇が無くなり、叶音は午後からの空腹を、デスクの引き出しにいつも常備してあるガムでしのいだのだった。 それからソファーの前にあるテーブルに目をやると、テーブルの上には、愛音が昼間見ただろう求人雑誌が数冊、広がっていた。 その中の一冊を手に取ろうと、腕を伸ばすと同時に叶音の腹が、グーっと鳴いた。 「…腹へった」 雑誌を取るのを止め、愛音を起こすのも諦めて、叶音はキッチンに行き鍋の蓋を持ち上げた。鍋の中は豚汁が出来上がっていた。美味しそうなその匂いに、叶音の空腹が更に増す。隣のフライパンには豚のしょうが焼きが。 きっと冷蔵庫には大量のキャベツがスライスされてあるだろうと、叶音は想像した。 「豚つながりか~、料理なんて…全然するようなヤツじゃなかったけどなあ…」 フライパンのしょうが焼きを一枚つまみ食いして、叶音は以前の愛音を思い出し独り言を呟いた。 汁がついた指先までペロリと舐めると、少し治まった腹の虫がまた鳴き出す前に、叶音は風呂に入ることを決意し、素早くキッチンを後にした。 『少し…安易だったのかもしれない』 喫煙所で千乃の言葉を聞いてから、叶音の頭の中でそれは度々繰り返された。 あの人が、『安易で何かをする』なんてことがあるはずがないと。 綺麗に掃除された風呂場で、叶音は頭のてっぺんから足の先までを、どこに泡が跳ぼうが気にも止めず一気に洗い流すと、さっさと湯船に浸かった。そして10数えて、バサッと勢いよく立ち上がり風呂場から出た。 叶音の風呂はカラスのギョウスイと言っても良いだろう。 叶音は適当に濡れた身体を拭くと、ポール・スミスのボクサーパンツを履き、前は外出着だったが首周りがクタったため、今は寝間着として愛用しているお気に入りのティシャツに腕を通した。 濡れた髪の雫が落ちないよう頭にタオルを縛ると、叶音は早足でキッチンへ戻って行った。 叶音がキッチンのドアを引くと、目が覚めた愛音が起きて、鍋に火をかけていた。 「お帰り、ゴメン寝てた。起こしてくれても良いのにー」 冷蔵庫の前まで進む叶音を目で追うと、愛音は苦笑いしながらそう言った。 ダイニングテーブルの上には、叶音の予想通り、大皿によそったしょうが焼きと皿の半分以上を占める山盛りのキャベツが、ふたり分用意されていた。 「いや、起こしたけどさー、起きないから兄貴」 冷蔵庫の前で立ち止まった叶音は、缶ビールを取り出すとすぐに三口ほど呑み、旨そうに唇も舐めてから、愛音に言い返した。 「あ~…そっか、……ゴメン」 また謝る愛音の顔を、叶音はチラリと覗いた。 「寝不足なんじゃないの?…兄貴も。」 愛音の目の下にも同じようにある色の悪いクマを見て、叶音は意味有り気に言いつつ、ダイニングテーブルについた。

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