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突拍子もないお願い

「そんで、結局相談て何?」 ひとしきりオヤツを食べ、近況を確認したところで、改めて慎吾の方に顔を向ける。 口いっぱいにフィナンシェを頬張っていた慎吾は少し噎せながら、冷めかけの紅茶でそれを流し込んだ。 「あー……今ってさ、無料の違法動画サイトなんかが流行ってる関係もあって、DVDの売上が伸びにくなってんのは知ってるやんな?」 「それは、ねぇ…こっちのAVでも問題になってるしな。レンタルビデオの回転率が目に見えて落ちてる中で、セルが伸びない原因の1つだから、まあ笑ってらんないわ」 「ゲイビに関してはそもそもレンタルあれへんから、販売が頭打ちなんは死活問題やねん。新しいビデオもなかなか作られへんようになってきてる」 「俺らはモデルやらせてもうたりイベント出たりで出演料以外のギャラもあるからまだマシやけど、そうやないメンツはビデオ辞めてウリやるヤツも出てきてるもんな」 確かに、少なくなったとはいえまだレンタルもあるし、今やCSチャンネルなどでもAVの配信がある時代だ。 販売が売上の大部分を占めるゲイビデオに比べれば、一般AVにはまだ活路があると言えるだろう。 「んで? できるだけ手助けしてやりたいとは思うけど、俺にできる事なんて別に無いだろ。直接手売りするわけにいかないし、俺が出演する事もできないんだし」 「勇輝くんが出てくれたらそりゃ爆発的に売上出るんはわかってんねんけど、さすがにそれは言われへんやろ。実はね、新しい販路見つかってん」 「新しい……?」 語尾を上げて首を傾げる俺の前に、慎吾が一枚のDVDを放り投げてきた。 パッケージには、少し安っぽいカツラを被った男性が二人並んでいる。 腰には特徴的なフォルムの剣や銃を携え、どこかの軍隊の制服らしい衣装を揃いで着ているから、何かのアニメやゲームのコスプレなのかもしれない。 「これは?」 「いわゆるコスプレゲイビ。AVでも流行りのアニメのパロディやったりするやん? あれのゲイビ版。まあ、アムールでも似たようなん何本か作ってるよ…これよりはだいぶ衣装の出来ええし、モデルも威と翔ちゃんとか武蔵とヒカリやから、はるかにイケメンやけどな」 「アムールでも作ってるジャンルなんだろ? じゃあ、これの何が新しいんだ?」 「実はこれ、普段は男女物のコスプレAV出してる会社が初めて作ったゲイビデオ…いや、ボーイズ・ラブAVやねん。で、ノーマルAVの会社が作ったから、BLAVってジャンルでレンタルもされてるし、大手プラットフォームの配信リストにも入った」 「……へ? たったそんだけの事? 会社とジャンルの問題だけで?」 「会社の問題こそが大きいのよ。ゲイビの会社って、レンタルなんかの管理会社と繋がりが無いんやもん。元々大きな販売ルート自体が無いねん。あと、大々的な宣伝が打ちやすい。アダルト雑誌なんかに会社単位で広告スペース最初から持ってたりするからね。ゲイビデオやと手を出しにくいけどボーイズ・ラブAVなら見てみたいって女性にアピールできたせいか、このビデオわりと人気あってん」 「追随するメーカーもちょこちょこ現れたよな」 話を聞いた上で改めてパッケージを眺める。 まあ、時代の流れもあって『ボーイズ・ラブ』という名前にすることで新たな女性ファンを取り込めたって話は理解できる。 確かにゲイビデオってなると詳しく知らない人だとガチムチ褌辺りを単純に想像しそうだし、美青年のイチャイチャを見たいだけならボーイズ・ラブビデオと書いてる方がハズレはなさそうだ。 宣伝する為のルートを持ってる会社がこの路線に目を付けたってのは、おそらく間違いではなかっただろう。 とは言え……だ。 「出来、悪すぎじゃない?」 「正直悪いねぇ。モデルのレベルも高くないし、なんせ衣装や小物がショボい。低予算丸出しやろ。何よりこの二人、男同士の絡みが初めてやったみたいで、まあセックスが下手くそやねん」 「中身見てないからそこは俺からは何とも言えないけど、このパッケージ見るだけで、こないだのJUNKSのビデオのがはるかにカッコいいってわかるぞ」 「せやろ? アムールのがはるかにエエもん作るやろ? という事で、この度アムールと提携関係にあるクイーンズガーデンが、ゲイビデオじゃなくBLAV専門のレーベルに変わる事になりました!」 なるほど、元々女性向けAVの大手メーカーであるビーハイヴなら、レンタル・セル・配信のルートを持ってるし宣伝にも金がかけられるのかもしれない。 アムールにもビーハイヴ系列のクイーンズガーデンにも専属の美形モデルが多数いるし、全員が男同士のセックスに慣れているんだから、この『なんちゃってボーイズ・ラブ』のビデオよりは濃密かつ綺麗なビデオは作れるだろう。 ただ── 「アムールがビーハイヴとの提携でクイーンズガーデンを新業態にするのはわかった。それがボーイズ・ラブAVってジャンルになるのもわかった。でも…だから何なんだ? てか、そこに目新しさってあるのか? 確かに名前については聞き慣れない部分の新しさはあるけど、AVの中には『シーメール』『ふたなり』『女装子』はまあまあ人気ジャンルとしてあるぞ。まあ、男性向けジャンルだけど。そこら辺との棲み分けできるのか?」 男性向けで、ゲイビデオでも無いのに男同士の絡みがあるってのは、実はそう珍しくもない。 手術してないニューハーフの子を連れてきて嬲りものにしたり、セーラー服の男の子に男優が掘られるなんてビデオもそれなりに人気のコンテンツだ。 そこに、わざわざゲイビデオ最大手メーカーが宣伝費を投入してまで新規参入する旨みはあるんだろうか? 「このボーイズ・ラブAVって、それなりに売上出るのにどこのメーカーも定番ジャンルにできてへんねん。なんでやと思う?」 「それは…あれだろ、まだ知名度が低いとか、やっぱり既存ジャンルとの棲み分けの失敗とか?」 「ちゃうねんなぁ。ボーイズ・ラブってわざわざ付けてんのに、作ってる人らが『ボーイズ・ラブ』ってもんを理解しようとしてなかったからやねん。ただ若い男の子にコスプレさせて、それっぽいセリフを言わせてるだけの内容が、ボーイズ・ラブ好きの腐女子腐男子に刺されへんかった。ビデオのレビュー欄とか、かなり荒れてたんやで」 「今や、普通にテレビ出てるアイドルやら俳優さんらがR指定されるような内容の、男との濃いめの絡みがある映画にも出るような時代やからね。ちゃんと綺麗な男が出て、ちゃんとしたストーリーがあって、なおかつめっちゃいやらしなかったら受け入れてもらわれへん」 「え、えっと…腐男子の立場から言うと、二次創作的なコスプレ作品なら原作への強いリスペクトを感じられないと見てるだけで結構腹が立ちますし、オリジナルならエッチありきやなしにストーリーとキャラクターがあってこその作品やと思うんで、そこがきちんとできへんのやったらボーイズ・ラブ名乗るな!とちょっとだけ…思います」 慎吾と翔くんはともかく……ヒカリくんまで熱い。 てか、ヒカリくんの熱さはちょっと意味が違ってきてる気がする。 まあでも、ヒカリくんは元々慎吾が出てるビデオのファンでこっちの世界に入ってるし、普段からボーイズ・ラブ作品大好きを公言してるから、視聴者側の意見としては結構大切な…のか? 「とりあえず! 既存の会社が失敗した理由はわかった。新しいレーベルではその失敗を踏まえて、ボーイズ・ラブとして満足される作品を作っていくって事だな?」 「そういう事。ストーリーと見た目とエロス、どれも手を抜かない物をガンガン作って、メジャージャンルに食い込んで行くぞ!って思ってる。でね、昔からBLが好きなんもあって、今後は俺が演者兼プロデューサーを……やる事になりました」 「お…おお、マジか。すげえ意気込みだな。頑張れよ。ただ、結局俺への相談は何?って質問の答えがいつまでも出て来ないんだが」 「あ、ごめんごめん。相談はね…勇輝くんにスーパーバイザーやってもらいたくて」 あまりに突拍子もない話に俺はただただ唖然としていたが、事前に知っていたのか想定済みの内容だったのか──翔くんとヒカリくんはニコニコワクワクといった目を俺に向けていた。

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