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欲しがりな彼 2
「あいつのことは、ガキの頃から大嫌いなんだ」と東城は隣の席で言った。
ステーキハウスで鉄板の上を大きな肉がじゅうじゅう音をたて湯気があがっている。いい香りだ。目の前でシェフが鋭い包丁で肉をささっと切ってくれている。
東城は、先に広瀬の皿に乗せるように手で示してくれた。
おなかすきすぎてよだれがでそう、と広瀬は思った。肉に魅入られていて東城の話しはあまり聞いていなかった。皿におかれたステーキを口に入れた。テーラーの店主とは気が合いそうだと広瀬は思う。こんな美味しい店を紹介してくれるなんて、いい人に違いない。
「あいつ、幼馴染とか言ってたけど、全然そんなんじゃないんだぜ。夏休みとかに山の家で会ったり、親族の会合で会う程度だ。ほんといつ会ってもやなガキだった。いるだろ、ほら、なんでも欲しがる子供。あいつは、それなんだ。俺がもってるもの何でも欲しがるんだ。自分も同じようなものもってるのにだぜ。おもちゃでも、ボールでも、マンガでもなんでもだ。で、俺が渡さないと泣き喚いて親に欲しい欲しいって言い続けるんだ。あいつの方が年下だからさ、俺の母親も俺に、お兄さんなんだからあげなさいとか言ってきて、最悪だったよ。しかも、手に入れたらすぐに飽きて放りだすんだ」
そんなふうに悪口言いながら食事をしたらせっかくのお肉も味がわからないだろうに、と広瀬は思うが、好きに話させた。よほど嫌いなんだ。あの男の、あの雰囲気、わからないわけではないけど。
東城は、自分の皿のステーキにわさびを大量に乗せて食べている。そんな気分なのだろう。
「小学生の頃に、なんでか忘れたけど俺んちに遊びに来てて、そのとき、丁度、知り合いのところで生まれた犬を貰ってたんだ。まだ、家に来て2日目くらいで、名前どうしようかとか言ってたときだ。小さいこどもの柴犬で、前足が黒くてすごくかわいくてさ。で、あいつが家にきたんだ。あいつの親も変だよな。あいつが欲しいっていうのとめないんだぜ。ひきつけおこさんばかりに欲しいっていいまくってた。そのときは流石に俺の母親も渋ってたし、美音子さん、あ、俺の姉なんだけど、美音子さんは怒ってて、あげる必要ないって言ってた。なのに、たまたま帰ってきた俺の父親が別なのを買えばいいだろっていって、犬をあいつにやっちゃたんだぜ」
今から思い出しても信じられないできごとだ、と東城は言った。「父親からしたら仕事でほとんど寝てないのに、子供が床でいつまでも泣き喚いてるのがうるさかったのと、犬なんて金だせば買えるんだから、さっさとこの騒ぎを終わらせろってことだったんだ」
隆平は子犬を手に入れるとケロッとして東城に遊ぼうと言ってきたらしい。それも東城にはこいつ頭おかしいんじゃないか、と思う要素だったようだ。
「犬はどうしたんですか?」と広瀬は聞いた。「買ってもらったんですか?」
「まさか。もういらないって言った。そんな次々買えばいいだろ、ってもんでもないだろ」
「ああ、そうですね」と広瀬は答えた。
確かに、それでは東城が隆平を嫌うのもわからないではない。欲しがりの子供っているものだから、全くない話ではないとも思うが。
「で、この話には後日談があって、別なときにうちの母親があいつの母親と話をしたら、あいつ、その犬を何日かは可愛がってたんだけど、すぐに飽きて、別な親戚にやっちゃったっていうんだ。それには俺の母親もドン引きしてたよ」と東城は言った。
うわー、と広瀬も思う。それはひどい話だ。
「できるだけあいつには関わらないようにしてるんだ」
「彼の方は親しげですね」と広瀬は言う。
「ああ、あいつは誰にでもあんな感じだ」東城はお勧めされたワインをグラスの中でぐるっと回す。
そして、「あいつの話ばっかだな。やめよう」とやっと言った。
広瀬はステーキと上等なワインに満足し、すっかり気分がよくなった。その後、普段は行くのをためらってしまうホテルに誘われて、あっさり了承したのだった。
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