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欲しがりな彼 4

そして、今、目の前に隆平がいる。 広瀬は東城の柴犬のことを思い出した。隆平は人懐っこい笑顔で、東城が言っていたように人のものをとにかく欲しがるようには見えなかった。 まあ、あれは子どもの時の話で、大人になってする人はいないだろうけど、と広瀬は思った。 隆平はこの前とは雰囲気が違い、カジュアルなスーツ姿だった。全身ブランドという点は同じだ。 「うれしいな、また会えて。あの後、広瀬さんのこと思い出してまた会いたいって思ってたんですよ」と隆平は言った。 「本当にきれいな人ですね、広瀬さんって。弘一郎ってどこであなたと知り合ったんですか?あ、いいにくいならいわなくていいですよ。こんなきれいな人と話す機会ってなかなかないから、うれしくて適当なこと言ってるだけですから」 隆平はずっと広瀬に話しかけてくる。東城と同じで一人でしゃべってても苦にならない。家系なのだろう。 広瀬の横に座ってきた。「今日はここに泊まるんですね」と言った。「弘一郎と、泊まるんですよね?」 答えないでいると、しばらくしてホテルマンがうやうやしくお盆に瓶に入った水とコップをのせてもってきてくれた。 さらに、ペンと黒いクリップボードに書類を挟んだものもだしてくる。 「お手数ですが、こちらにご記入ください。会員様のカードをお作りします」 「あの、会員って?」そんなものなれるわけがない。いくらかかるっていうんだろうか。 「東城様からそのように申しつかっております」とホテルマンは言い、書くのが当たり前のように広瀬にそのクリップボードを渡して去っていった。 「会員になると便利ですよ。ここ以外の施設も使えるし、スポーツジムとか」と横から隆平が言う。「まあ、この施設そのものが弘一郎の家のものみたいなものだから」と彼は言った。 「それに、本当はこの施設、宿泊者の身元を把握したいんですよ。会員制ってことになってますから。弘一郎は顔パスだから今まで強く言われなかったんでしょうけど、本当は最初に会員になってもらうんですよ」 そういわれると確かに施設側が会員情報を求めるのはわからないでもなかった。 広瀬はペンをもって、書類に書き込んでいく。肩越しに隆平がそれをみていた。 「広瀬彰也っいうんですね。あ、僕と同い年」と隆平は言った。急に話しかたが親しげになる。 「昨日が誕生日だったんだ。おめでとう」 そう言われて誕生日だったことを思い出した。最近忙しくてすっかりそのことを忘れていたのだ。 「それでここに来たんだ。弘一郎がお祝いしてくれるの?いいなあ。弘一郎、すごいプレゼントしそう。ねえ、彰也って呼んでもいい?同い年なんだから広瀬さんって言わなくてもですいいよね?」そう言ってくる。 広瀬はとまどった。肩越しに耳元近くでごちゃごちゃ言われるので、耳の奥がむずがゆくなってくる。 なんとかやりすごし、一通り書類を書き終えるとホテルマンが見計らったようにやってきた。そして、書類をうけとり、後でカードをお渡ししますといって去っていった。 広瀬はロビーのソファーに座り東城を待った。スマホには広瀬より15分くらい遅れてつくから、と連絡がはいっている。それほどまたなくていいだろう。 その間、隆平がなにかと話しかけてくる。 「この前、記念会に行ったんだよ。ほら、弘一郎がスーツ作ってただろ。あれ、記念会のためなんだ。記念会って知ってる?彰也はきてなかったね。まあ、彰也を弘一郎が連れてきたら、大変なことになってただろうけど」そういって隆平は何が面白いのかクスクス笑った。「心配しなくていいよ。僕は口が固いから、君と弘一郎のこと誰かに言ったりはしないし」 記念会とやらのことは広瀬は知らないし、聞く気もなかった。東城自身のことは内心ではもっと知りたいと思っているが、東城の家のことやその周辺のことには全く関心がなかった。 「記念会っていうのはね、市朋グループの創立者が最初に診療所開設した設立記念日のパーティなんだよ。一族が集まるんだ。市村の家にとっては最大のイベント」と聞いてもいないのに隆平が話している。 「僕は、弘一郎の父方の東城の家の親戚なんだけど、子供のころから呼ばれてるんだ。市村の一族は女系で、女の子ばっかりだから、弘一郎の遊び相手にって何かと呼ばれることが多くって」 なるほど、と広瀬は思う。子供の頃からお互い快く思っていないのにも関わらず、大人の変な気遣いで遊ばされていたということか。子供の頃の隆平が東城のものを欲しがって嫌がらせをした心情もわからないでもないな、と思う。 「今回の記念会の写真、見る?弘一郎、この前のスーツ着て、すごく似合ってた」 そういうと隆平はポケットからスマホをとりだし、広瀬に見せてくる。 東城の写真だった。盛況なパーティのなかで、何人かの着飾った女性と話ている。他にもマイクをもってなにやらあいさつしている写真や、車椅子の老人と話している写真があった。スーツはこの前買ったものなのだろう。確かに似合っている。 それにしても、男の写真をこんなに撮影するってどういうことなんだ、と奇妙に思った。 「弘一郎が珍しく彼女連れじゃないから、女の子たちが盛り上がっちゃってね。すごかったよ」と隆平は言った。 若い女性たちが東城の周りにいる写真を見せられた。大半が、笑みを浮かべている。東城に話しかけようとしているようだ。東城の方は、このような状況はいつものことなのか、よそ行きの笑顔のままだ。 「弘一郎は、王様だから、みんながこうやってかしづいてるんだ」と隆平が言う。「そんな感じでしょう?弘一郎も女の子たちにちやほやされてるのに慣れてるから、当然って思ってる」独り言のように隆平が言った。 嫌なやつだなあ、と広瀬は思う。東城と広瀬が付き合っているようだとわかっているのに、こんな写真みせてくるなんて。感じ悪い。まあ、パーティで東城が女の子に囲まれてることくらいは容易に想像できるからなんとも思わないけど。 広瀬はあくびをかみ殺し、手で口をおさえた。東城はなにをぐずぐずしているんだろうか。 「彰也は、手もきれいなんだね」と隆平が言う。「誰かの手首がきれいって思ったことなかったけど、そういうことってあるんだ。腕時計しないの?」 広瀬は隆平が示してきた左手首を見る。「今日はしてない」と答えた。 「するんだ。どんなの?彰也に似合いそうな時計知ってるよ。今度、見せるね。大きめなんだけど重くないんだ。機能的で。この手首にあうよ」 隆平の手首にはなにやら高そうな腕時計だ。 「見せてもらっても、買えないからいらない」と広瀬は答えた。 隆平はわざとらしく驚いた顔をしてみせる。「弘一郎に買ってもらえばいいじゃないか。彼、なんでも買ってくれるよ。ずいぶん前も、彼女にすごいもの贈ってたよ」それからしばらくして、ああ、とうなずいた。「弘一郎、今、公務員だから、あんまりお金ないんだね。前は、びっくりするくらいのこと平気してたのに、大人になって、自分の収入に見合った生活をしているんだ」と言った。 どこがだ、と広瀬は思う。スーツをテーラーで作って、こんな宿泊施設に泊まって。広瀬にしてみたら贅沢三昧だ。 それにしてもやな奴、ともう一度広瀬は思った。何の仕事しているのか知らないけど、東城が公務員になったことをバカにしてみせるなんて。 「ところで、彰也は何の仕事してるの?」と聞かれた。「そもそも仕事してるの?それともこういう生活?誰かの恋人になるのが仕事っていうか」 そろそろこいつを殴ろうかと広瀬は思い始めていた。口を閉じさせるにはどんな方法が適切だろうか。 だが、殴る前に、ロビーの入り口が開いた。

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