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欲しがりな彼 13

そんな出来事が記憶のむこうにまだいっていない数日後の夜、広瀬はアパートで食事の支度をしていた。 支度と言っても、昨日のあまりの野菜炒めを温めて、買ってきた唐揚げを皿にあけるくらいではある。 東城からは連絡がきて、1時間ほどしたら来ると言っている。 待っていられないので食事をしていたら、スマホに電話がかかってきた。隆平からだった。 着信拒否するの忘れていたと思った。無視したが、何度もかけてくる。広瀬は、電話をかけてこないで欲しいと伝えようと思った。隆平と話す気はないし、電話はしないでほしかった。 「夜分にごめん」と隆平は言った。「今家にいるんだろ?」 嫌な予感がした。 「僕、彰也の家の前にきてるんだ。見せたいものがあって、ちょっと降りてきて」 広瀬は、スマホを耳に当てながらアパートをでた。通路から下をみる。黄色いスポーツカーがとまっていた。 「忙しいところ悪いんだけど、近くまで来たから」と耳元のスマホから声がする。 こんなところまでくるなんて。住所もあの時の書類に書いたから知っているんだ。それにしてもまさかくるとは思ってもみなかった。 もし、隆平がこのアパートにまで来ていると知ったら東城がなんというか。絶対に引っ越せと言ってくる。広瀬に要求してくるならいいが、この場に東城が現れたら、彼は隆平を痛めつけるかもしれない。頭にくるとなにするかわからないところがある人だから。自宅付近での警察沙汰はごめんだった。 広瀬はアパートの階段を降りた。黄色い車は外車で、左ハンドルだった。運転席には隆平がいる。今見ると前見たのと同じさわやかな笑顔も気味が悪かった。 「帰ってください」と広瀬は思わず言った。 「すぐに帰るよ」と隆平は言った。「ちょっと見せたいものがあるだけなんだ。乗って」と言う。そして、手を伸ばして助手席のドアをあけてきた。「見せたらすぐに帰るから、ね?」 広瀬は腕時計をみた。東城が来ると言っていた時間までまだある。隆平の車に乗り込んだ。 「ありがとう」と隆平はいい、車をだした。 数分走って大きな公園の近くで停まった。人通りのないところだ。周りは暗く、公園の灯りだけがポツポツとある。 「なんですか?早く言って下さい」と広瀬は言った。 「この前言ってた時計持ってきたんだ」 隆平は足元の鞄からきれいな箱をとりだした。「前に言ったよね。彰也に似合いそうな時計知ってるって。たまたま今日お店の前を通りがかったら思い出して、買ってきちゃった」 そういいながら箱をあけた。大きめな文字盤がついた銀色の腕時計が車の室内灯に照らされ鈍く光っている。箱の蓋にはなにやら高級そうなマークがついているが、広瀬はそれがなにかわからなかった。 「誕生日のお祝い、ちょっと遅いけどあげるよ」差し出される。「彰也にすごく似合うと思うよ」 なんと返事をしようか、と広瀬は思う。刺激しないほうがよさそうだ。隆平は、ちょっといっちゃってる人なのかもしれない。目つきは変じゃないけど。 「ああ、急にきてプレゼントなんてもってるからびっくりした?大丈夫だよ。驚かせてごめん。僕、こういうことしちゃって驚かせちゃうんだよね。つい、プレゼントしたくなると時間も関係なくもってきちゃうんだ」 隆平は広瀬の左手首に手をのばしてくる。「今日は腕時計してるんだね。でも、こっちのほうが似合うと思うよ」と言う。断りもなくはずそうとするので、手をひっこめた。 「いりません」と広瀬は言った。 「どうして?似合うものつけたほうがいいよ。弘一郎だって、そのほうが喜ぶと思うよ。それに、僕からもらったっていわなければいい。弘一郎、なんか勘違いしてて、僕が彼の彼女をとったと思ってるんだ。だから、僕からもらったっていったら、怒るかもしれないから。僕はなんにもしてないのにね」と隆平は言った。 広瀬が何も言わないのに隆平は続ける。 「2年くらい前に、弘一郎の彼女から相談があるって言われて会ってたんだよ。弘一郎、仕事がうまくいってないらしくって、荒れてて、付き合ってくの大変だって悩んでて。彼女は結婚するつもりだったらしいんだけどね。弘一郎も一時期そんなこと言ってたらしいし。いろいろ話してるうちに、彼女の方が僕のこと好きにっていうか頼りにするようになって、それで、彼女、弘一郎と別れたんだ。別れたっていうのも後から聞いて、すごくびっくりしたんだ。弘一郎はずっと誤解してて、あれ以来口もきいてくれない。前はすごく仲良しだったんだよ、僕たち」 隆平は、さびしそうにしている。 明らかにやばそうなので広瀬は外にでようとした。ドアに手をかけて開けようとするが開かない。 「鍵、あけてください」と言った。 隆平は首を横に振った。「時計、もらってくれる?」 「はあ?いりません。鍵あけてください。このまま閉じ込めてたら犯罪になりますよ」 こういうのはどんな犯罪になるんだろう、と一瞬バカみたいに考える。 監禁されて金目のものを奪われるのではなく、高価なものを受け取れと強要されるというのは。いや、それどころじゃないだろう。鍵を開けさせなければ。 だいたい、早く帰らなければ、東城がアパートに来てしまうではないか。 もう一度手をのばされ手首をつかまれた。結構強い力だ。顔を近づけられる。 「彰也って、ほんとうにきれいだね。肌もすべすべしてる。弘一郎が君を選んだのがわかるよ。目もきれい。すいこまれそう」 隆平の行動に驚いてあまり抵抗しないでいたら手首に唇をつけられた。 「ああ、やっぱり。肌触りがこうすると気持ちいい」 「ちょっと、放してください」と広瀬は言って手をゆさぶった。

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