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欲しがりな彼 16
食事を終えて広瀬はソファーに座りぐだぐだした。
今日は疲れた、と思う。
仕事で忙しくてやっと帰ってきたら、危うく車で襲われそうになったり、寒空の中薄い部屋着で走ったりしたのだ。
隆平がもう現れないといいけど。
今度来たら、追い払う方法を考えなければ。がっつり殴れば二度と来ないだろうが、乱暴なことはするなと最近上司の高田に言われた。
東城が玄関の近くでごそごそして、手に包みを持ってきた。この前の会員制の宿泊施設で東城が手に持っていたものだ。薄茶色の包装紙につつまれビニールの紐がかかっている。
「これ、この前渡し損ねたからもってきた」と彼は言った。「あけてみて」と彼は言った。
広瀬は、パソコン机の上にある文房具差しからハサミを持ってきてビニールの紐を切った。包装紙をあけてみる。
画用紙より少し大きいくらいの金属でできた額縁がでてきた。中には地図がおさまっている。
地図と言っても淡い色合いの絵画だ。
入り組んだ路地や大きな道路が描かれている。どこにでもありそうな場所だ。実際の地名や手がかりになりそうなものは何も描かれていないので、具体的な場所はわからなかった。色使いも地図の場所を意味しているのではなく、見た目を楽しませるためにつけられている。情報量が少ないのでなぞめいて見える。詳しく見ていると何かがわかるような、覗き見しているような、探検しているような気持ちにもなる。
そして、地図には小さな金属のピンがいくつも差してあった、にぶい赤色や青色のピンがポツポツとあり、地図の中心には、金色のピンが一本だけある。
裏を見ると金属のピンがまだ何本も入っている小さなビニール袋が貼り付けられている。
ほんの少しだけ、自分のタブレットの地図に似ていると広瀬は思った。目印をつけてそこに場所の特徴や事件の概要などを書き込んでいるから。
広瀬は東城をみあげた。
「気に入った?」
うなずくと、東城は笑顔になった。
「俺の友達でCGアートやってるやつがいるんだ。お前の地図の話、っていうか、地図が好きで作ってるやつがいるって話をしたら、面白がって描いてくれたんだ。お前の家、何か壁にあるといいなと思ってたから。こういう地図の絵なら邪魔にはならないと思って」
そうしてピンを指差す。
「ピンは取ったりさせたりできる。好きなところに差すの楽しいだろ。自分で地図に加工ができるんだ。で、この真ん中の金色のピンは一応お前の位置を表しているつもりだって。お前がこの地図の中にいるんだ」
広瀬は手を伸ばして金色のピンを抜いた。右の幹線道路の脇に差してみる。地図の印象が少しだけ変わった。
地図の街に入り込んだような気分になる。どこか知らない街、あるいはよく知っている街。
子供の頃に父親にもらった地図のことを思い出した。広瀬が地図を見るのが好きだとわかったらすぐに大きな地図を買ってきて壁にはったのだ。そのときは楽しくて嬉しくていつまでも地図を眺めていたのだ。
子供のときと同じように長い時間眺めていたら、東城に大きな温かい手で頭をなでられた。
翌朝、広瀬は珍しく東城より早く目が覚めた。時間が早くまだ外は暗い。東城は、規則正しい呼吸をしている。ゆっくりと、落ち着いていて、静かだ。
ふと、東城の前の彼女は彼を裏切ったのではないかも、ということを思い出した。隆平に強引になにかをされて、自分から身を引いた可能性がある。
東城にそのことを告げようかと思ったがやめた。実際はどうなのかわからなかったし、隆平に会った話をしたらややこしくなりそうだから。
でも、言わない一番の理由は自分でもよくわかっていた。東城がどこまで真剣かはわからないが結婚を口に出していた女性との関係をわずかでも修復するようなことを言うことはできなかったからだ。自分の独占欲が強いのだ、と広瀬は思った。
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