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知っていた男 3

毎日忙しいのにも関わらず、東城は、何度か腕時計をみて宮田より先に帰っていった。いそいそと、という言葉が似合うその後ろ姿をみて、宮田は隣に座る広瀬にいう。 「あれは、新しい彼女ができたな」 広瀬から返事がないのはいつものことだ。 「今回は、自分から口説いた相手だな」 広瀬は、ちらっと宮田に視線をむけてくる。なんでわかるのだ、と言いたげだ。 「成り行きでつきあってるときは、わりと落ち着いてるんだ。せっせと口説いて落としたら、あんな感じ。うきうきしてるっていうか。まあ、東城さんってもてるって言われてるけど、聞くと、やるべきことをやってるんだよな」と解説してみせる。「落としたいって思ったら、なんでもするっていってた。かなりサービスするらしい。そういうのなしで、好きな子と付き合おうとするのが、どだい無理って前いってたからな。もてないもてないっていってるやつは実際にはなにもしてないんだ、って」 広瀬は、もう興味のなさそうな感じで、前を向いて仕事をしている。 そういえば、広瀬って、誰かを好きになるとか、あるんだろうか。それは、人間だから、あるのだろうが、自分から熱心に口説く広瀬なんて、全く想像できなかった。 しばらくして、宮田は一段落したので立ち上がった。少し気になって、広瀬に帰らないのか、ときいた。 「もう帰るけど、お先にどうぞ」と広瀬は答えた。今日、残っているのは宮田と広瀬だけだ。 「じゃあ、帰るけど、さっきから、なに入力してるんだ。それほど忙しくもないだろう」と宮田がいう。 「少し、気になることがあって」と広瀬はいった。「前の記録のファイルみてるんだけど、もう一回、あそこの事務所行ってみようかと」 宮田は眉をひそめた。「お前、また、スタンドプレーする気なのか?怒られるぞ。俺も、今度は高田さんに報告するよ」と宮田は言った。 広瀬は勝手に行動することが多い。普段は東城がガミガミ怒っているのだが、今日はいない。宮田は自分から広瀬に注意をしたくはないが、放っておくと広瀬はどこかまずいところに行ってしまいそうだ。 「大丈夫だよ」と広瀬は答えた。 「だったらいいんだけど、ほんと、やめたほうがいい」と宮田は言った 「わかってる」と広瀬は言った。 その目を信じて宮田は先に事務所を出た。だが、エントランスを出る頃になると、疑念がわいてくる。あいつは、返事はきちんとしているのだが、ふとした瞬間にスイッチがはいって勝手にどこかに行ってしまうのだ。 宮田は、エントランスから離れ、陰にかくれて、広瀬がでてくるのを待った。 ちょっとだけ後をつけて、宮田を裏切って一人で行動しようとしたら、とっつかまえて注意してやろうと思ったのだ。 10分くらい後に、広瀬がでてきた。警備の警官にあいさつをしている。 そして、宮田に気づくことなく足早に地下鉄の駅に急いだ。 宮田はこっそりとついていった。人通りが多いため、自分が後をつけているのは広瀬は気づかないだろう。それに気づかれてもかまわなかった。寄り道しているだけといえばいいからだ。 広瀬は、途中でスマホをチェックし、メールをみていた。誰かからメールがきているようで、短時間立ち止まって返信している。そして、また、急いで駅に入り、ホームに入った電車に飛び乗った。 乗った電車は、広瀬の家に帰るほうで、別な場所にいくものではなかった。宮田は、別な車両に乗り、広瀬を伺った。尾行は慣れている。

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